026.閉じ込められた青の勾玉

 何かがおかしい、何処かの歯車が狂い始めている。そう思ったのはアメリカから帰国した直後だった。クラスメイト達の様子がおかしいのは、前からだとは思っていた。だが、それも何処か違和感がある。それじゃあ、何処がどんな風に、となるとまだそこまではよく分からない。
 確実に言えるのは、目に見えない何かに少しずつ蝕まれているということだけだった。キツい鎖に身体中を雁字搦めにされる前に、なんとかしてこの鎖を身体から離さないと。そう思わずを得ないような、そんな感じだ。それは、自分に非があるのか。彼女達になにか問題があるのか、と思わせた。

「カナエちゃん、どうかしたの?」
「ううん、何でもないよぉ?」
「そっか、何かいいことでもあったのかなって思っちゃった」

「あれ? さんは?」
ちゃん? あれ、アタシよりも先に帰ったんだけどなぁ? 見てない?」

 クラスメイト達は、口々に見ていないと言った。










 薄暗い部屋の中、彼女は、布団を被って瞳を閉じていた。その口唇は硬く閉ざされている。寧ろ、力を込めすぎて少し青い。額には汗が浮かんでいる。ポタリ、一滴零れ落ちた。

「(どうして、こんなにも似ているんだよ? あたし、何かした?)」

くん、どうかしたのかね?」

 ノック音と共に、江頭の声がした。昼間に帰ってきたを心配して、管理人が江頭に連絡をしたせいだ。は、掠れた声で「何でもありません」と返事をした。

「何でもない、のにじゃあ何故授業に出ていないのだい?」
「………………………………忘れ物、を、して、しまって…」
「君は随分前に戻って来たと、聞いているのだが」
「…それは………………失くしてしまったみたいで、探していたら…………時間が経ってしまったんです」
「失くしたのならば教師にそう伝えればいいじゃないか。
 部屋から出て来たまえ。授業に戻りなさい」
「分かりました。………………先に、行っててもらえませんか? あの……実は、ホコリまみれになってしまったので…………」
「早急に授業に戻りなさい。いいね」

 何故、彼は来たのだろう。ドックドックと心臓が破裂するかと思うくらい、激しい鼓動。薄く開かれた口唇からはヒューヒューと音が漏れる。
 気づいた時には既に遅かった。

「……っ!」

 喉元を抑えて、はベッドに転がった。先程よりも開かれた口唇から漏れる吐息が、浅くなった。息を吸い込む事が出来ない。酸素が、足りない。生理的に目に浮かんだ涙がシーツに染みを作る。震える腕を、必死になって伸ばした。
 サイドテーブルに引き出しを力なく開ける。のろのろとその手であるものを掴む。朦朧となる意識の中、はそれを口元に宛がった。
 そして、ベッドの端に行き過ぎたせいなのか、はベッドから転がり落ちた。

「………っ! っ…!」

 大きな瞳が極限まで見開かれる。動かない身体を硬い床に転がして、の意識は飛んで行った。
 悪夢は、再び訪れた。

「(なんで、こんな時に……)」










 大盛 カナエは苛立っていた。五限目の授業には出席せず、屋上でと話をしたカナエの苛立ちはそこから始まった。気に入らない。のあの瞳が。真っ直ぐに自分を見てくるあの瞳が。
 放課後になっても戻ってこない。カナエはどうしたものかと考える。
 今まで生きてきた十六年間、何の不自由も無く生活をして来た。欲しいものは何でも手に入れてきた。自分の欲求が満たされなかった事は一度も無かった。だからこの状況がひどくもどかしい。どうして思い通りに行かないのか。何故、彼女は自分にひれ伏さないのか。

 それだけで彼女が気に入らない。

 そして、学内で一番人気の高い野球部の部員と親しい関係にあるのが、一番気に入らない。本来ならあの場所は自分のものだ。自分以外にありえない。
 江頭はカナエに、前期の専門科目をトップの成績で納めたら上手い事計らってマネージャーにしようと約束をしてくれた。しかし、蓋を開けてみれば前期からいいや、入学前から彼女は野球部のマネージャーをしていた。これでは約束が違うのではないか。

「(ああ、苛々する!!!!!)」

 何故こうも思い通りに行かないのか。カナエはそれを考える。すると、脳裏に浮かんだのは矢張り彼女だった。 。野球部二軍専用学生マネージャー。そして、今は一軍専用学生マネージャー。
 日頃の授業から、彼女の能力が高かったことは知っている。それが自分ではなく彼女をマネージャーとして起用した理由だろう。

「こうなったら……何が何でも排除してやるわ…!」

「カナエちゃん?」
「大盛さん、どうかされたの?」

「何でもない」

 カナエの顔を覗き込んできたクラスメイトを睨みつけると、カナエは足早に教室を出て行った。ポケットからのぞいていたストラップを強引に掴み上げると、ピンクの携帯電話が出て来た。
 短縮ダイヤルで通話ボタンを押す。回線を探す音の後に、プルルルと機械音がなり始めた。3コールの後に電話に出た相手の声に、カナエは口唇を歪めた。

「少し調べて欲しい事があるんだけど、お願い出来るかしらぁ?」
『――――――――――』
「そうよ。 。あの子の事を徹底的に調べ上げて。出来なかったらクビよ」
『――――――――――――――』
「えぇ、アタシはこれから部活なの。そんな事してる余裕は無いのよ。分かったわね」

 カナエは、ゆっくりと口唇に弧を描いた。


あとがき

自分で考えておいて、オリキャラが気に入りません。

(20081005)