025.虚空に映る水辺-3-

 その後の授業は滞りなく進み、昼休みになった。は今ある全科目のノートを借りて、席を立つ。「直ぐ返すから」と言って教室を出、行き先は職員室前にある生徒も使えるコピー機だ(このコピー機は予めコピーカードと言う磁気カードを購入し、それを使ってコピーをする仕様のものだ)。コピーカードを差込口に差込み、機械が動いたらスタートボタンを押す。用紙設定は面倒だったので自動を選んだ。
 全てを印刷し終えるとコピーカードを抜いて、プリントされた紙を綺麗に整える。それを二つ折にして、教室へと足を向ける。これで殆どのノートのコピーは取れた。

「ありがと、助かったよ」
「…どういたしまして」

 教室に戻ったは真っ先にノートを返す。「実は少し困ってたんだ」と漏らせば、少女の表情が固まった。どうしたんだろう、と思い少女の顔を見ようとしたら、勢いよく少女は席を立った。そして、では無い名前を呼ぶ。
 シカトされたとは思ったのだが、気分でも悪いのだろうと思い、自分も昼食を食べる為に机の脇にかけてある鞄に手を伸ばした。

「(―――――シカト、か……)」

 はそう思った(というかこれはもう何処からどう見ても完璧なシカトだった)。別に、気にしてないという風には鞄を掴むと、何時ものように教室を出て行った。行き先は勿論、野球部の教室だ。
 タンタンタンと階段をテンポ良く降り、肌寒くなっている外に出る。渡り廊下を歩けば、野球部の専用校舎となる。

 ガラ! とドアが開いた。「ヤッホー」と言いながらはその教室に入った。

「……なによ、その反応」

 久しぶりに一緒にご飯食べようと思って来たのに無反応って無いんじゃないの? と言いながらは近くでポカンと口を開けている渡嘉敷の頭をコツンと突いた。そのまま誰も座っていない誰かの椅子に座る。

「まさか、来るとは思ってなかったんだよ」
「いや流石のあたしも休憩時間まで一軍ん所行かないよ。アイツ等結構ムサいし」
「それ、此処もなんだけど」
「いやぁねーアンタや泉、国分が居るのにムサいわけ無いじゃーん」
「その組み合わせの意味は?」
「ちっちゃい子トリオ。大丈夫、あたしの方が若干小さいから!」
「嬉しかねぇよそんなん。それで?」

「うん、やっぱりトレーナーコースは居辛いなぁ…と思いまして。ご飯くらいゆっくり影で笑われずに食べたいからさ」
「ふーん」
「でさぁ、吾郎とか眉村とか薬師寺に、寿也が居ないけど何処行ったのさ」
「知らないよ、俺だってアイツ等の行き先とか全部知ってるわけじゃないし」
「うん、しってるよ」

 はそう言ってサンドイッチを口に頬張る。渡嘉敷は頬杖を突きながら「なら聞くな」と言った。










 午後の授業の予鈴が鳴ると、寺門の背中にもたれてうたた寝をしていたは眠そうに欠伸をしながら立ち上がった。「あ゛ー…」と言いながら目を擦る。

「次…実習だった……」
「おい、遅れるなよ」
「あー、無理かも。遅刻決定だわー」

 制服の裾をはたきながら、は苦笑する。

、」
「なに?」

「その…大丈夫なのか? 朝から、と言うか、大盛が佐藤と話している時から、変だぞ?」
「てらかどは、よく見ているね。多分…大丈夫だよ。幼馴染に彼女が出来ていたくらいで驚くなんて、あたしらしくもないよねーほんと」
「………無理はするなよ」
「それの保障しかねないわー。だって、無理や無茶はあたしの専売特許だから!」
「力一杯言うな」

 は苦笑しながらそう言った。はぁ、と溜め息が寺門の口から漏れる。「あははー」と笑いながら、は教室を出て行こうとする。廊下に一歩、足を出したところでは「明日も、此処でご飯食べていいかな?」と小さく言った。寺門は「あぁ、」と返した。

「ありがとう」

 儚い笑顔だった。それは、今にも消えてしまいそうな。泡沫の笑みだった。寺門と渡嘉敷は、初めて見るのその笑みに一瞬だけ「は」と口を開く。次の瞬間には、は教室の前から居なくなっていた。

「どうしたんだよアイツ…」
「…さぁ…」

 寺門は、渡嘉敷の言葉に答える事が出来なかった。
 タンタンタン、と軽快なステップで階段を降りたは、渡り廊下から上を見上げた。あの教室に行くと、ひどく心がほっとした。今まで緊張していた、カチカチに固まっていた心がふにゃりと柔らかくなったのだ。それは透明なゼリーのように。安心して、笑えた。
 再び階段を上がる頃には、は口を真一文字に結んでいた。隙を見せては駄目だと自分に言い聞かせて。

ちゃん、お話があるんだけどぉ〜」










 午後の授業はどうするのかとが言うと、彼女はにんまりと口唇を曲げて、そんなのいいじゃない、と媚びた声色で言った。異性にとっては耳に心地よい声色なのかもしれないが、生憎とは同姓だ。その為、カナエのその声色を不快だと眉根を寄せた。

「あたしは話しなんて無いけど?」
「アタシがあるのぉ。顔、貸してくれるよねぇ「断る」」

「佐藤くんの事なのにぃ?」
「なんでアンタと寿也の話しなきゃなんないの。する理由が無い」
「アタシもぉ〜、野球部のマネージャーよぉ〜」
「アンタは二軍、あたしは一軍。守備範囲が違う」

 がそう言うと、カナエは「ほんとぉ〜」と言った。これだけの少ない会話だけで、苛々する。彼らはこれに毎日付き合っていたのかと思うと、ゾッとした。自分には到底堪えられないと、心の中で眉をしかめる。表に出さないようにするのが必死だ。
 この場所、普通科クラスがせめぎ合う校舎の屋上から、野球部のクラスが良く見えた。皆、黒板を見ている。勿論、寿也も此処からだとよく見えた。

「あのねぇ〜ちゃんアタシお願いがあるんだけどぉ〜聞いてくれるぅ〜?」
「聞くだけならね」
「それは駄目だよぉ〜実行してくれなきゃ〜」
「やだ面倒」
「大丈夫よぉ〜簡単だし〜」

 額に青筋を一本、浮かべながらは早く終わらないかと腕を組む。一般平均以下の体格のと、平均体格のカナエと真正面から向かい合って話しているの為、早くもの首が悲鳴を上げた。これ以上カナエと向かい合っていると、キレると分かっているからだ。ならばまだ顔を見ないで話すほうがマシだ。

「だって、ちゃんが二軍の皆に近付かなかったらいいだけのことだも〜ん」
「……………は? アンタ馬鹿?」
「馬鹿なのはちゃんよ〜。アタシねぇ、二軍の皆が大好きなのぉ〜だって、皆揃いも揃って顔いいし? 運動出来るし? ガタイもアタシ好みな子達いっぱ〜い居るんだぁ。だからね、誰にも彼らは渡したくないの〜。例えそれが、元チームメイトのちゃんでもねぇ〜。だってそうじゃない? いい男ははべらせたいと思うじゃない?」
「それが、裏から手を回してあたしを二軍から外させた理由?」
「じゃなかったらわざわざ、汗臭くなっちゃうマネージャーなんてならないわよ〜」

 キャハハ! と笑うカナエを、は無表情で見る。
 馬鹿だ。正真正銘の馬鹿だ。と思いながらは後ろを向いた。馬鹿過ぎてやってらんねぇ、と心の中で悪態をつく。
 カナエの話しぶりからすると、ある程度の仕事はしているんだろうと思われるのだが、きっと今のチーム内は最低最悪。ボロボロにも程があると言えるだろう。これが、所謂“落ちぶれた”と言うことなのだろうか。(だがまだ練習試合で二軍が負けたと聞いた事が無いのでまだ持ちこたえているのだろう)

あとがき

少しだけ自分がサドだと思い込みヒロインを苛めてみようと試みましたがどうやらわたしには無理なようです(爆) 無理だ…娘は苛めれねぇ…! なのでぬるくて自分でも嫌になりそうですがこれから精一杯ヒロインを精神的にどん底へ突き落としてみます。 ← そんなことを頑張ってやってるから中々執筆が進まないんだ。

(20080908)