そんな始まりの歌が聞こえてくるような、そんな朝だった。
「にょうわーーーーー!!!」
の妙な悲鳴が辺り一帯に轟いた(そして選手は覚醒する)。
千石 真人(何もアメリカに来てまでコイツと同じ部屋じゃなくて良かったのに…と彼は思いながら髪の毛をセットしていた)と、同室の榎本はの悲鳴のような大声を鼓膜に入れた瞬間に部屋を飛び出した。しかも、寝巻きに使っているよれよれのジャージで。ドタドタ!バッタン バッタンと大きな足音で響かせながら(バッタンは階段を何段か飛ばして降りる音だ)彼女の名前を叫ぶ。
部屋の近くで自分を呼ぶ声が聞こえた、とが思ったその瞬間。ドアを乱暴にノックする音が聞こえた。「?どうしたっ」と。
は洗面台の前で身体をプルプルと震えさせていた。昨夜、自分が怠ったのが原因なのだが、これは無いだろうとシャワールームの蛇口を捻る。「なんでもないよ直樹」と外の榎本に言う。
普段からこうだったじゃないか、と自分に言い聞かせながらは熱いシャワーを頭から被る。その際、服の裾にお湯がかかってしまい「まぁ、いいや。何時もの事だし」と服を脱いで本格的にシャワーを浴びた。
寝ぼけた頭を熱いお湯ですっきりとさせたは、部屋を出ようとドアを開けた。
「やっと出て来た。遅い」
「遅いって直樹…此処で何やってるのさ?」
それ、寝巻きじゃないの?と続けて言うに言われて、榎本は自身を見る。確かに、指摘された通り寝巻きに使っているジャージだった(なんで千石はそれを注意してくれなかったんだ、と榎本はこの時思った)。
「それに、これって寝癖でしょ」
「……………あ……」
「全く、何そんな格好でうろついてんの。早く部屋戻って身支度整えて来い」
「が変な悲鳴上げるからだろう」
「あたしのせい? え…もしかしてあんな悲鳴で?」
っていうかあんなの悲鳴って言わないよね、と続けながらは目を丸くする。榎本は頭を掻きながら「あー…」を視線を外した。そんな榎本を見て、は「やっぱり…」と溜め息を吐く。
ホテルのとある一室(江頭はそこをミーティングルームに使うと言った)に向かいながら、今日一日の予定を頭に描いた。
「ねぇ、直樹。時差ぼけ、治った?」
「うー…あー…取り敢えずは」
「はっきり言いなさいよ。どっち?」
「治った、けど」
「そ、じゃいいや」
そこまで会話が進んだ所で、ミーティングルームに着いた。ドアを開けて中に入ると、まだ数人の姿が見えない。
先に座っていた千石の隣に座らせてもらい、残りのメンバーが到着(というか起きるまで)するまで待っていた。達が入ってきた数分後に、江頭や他の指導者が入ってくる。
「………三人足りないな。奴等はどうし「すみません遅れました!」」
「遅い、お前達今回の遠征は仕方無いが、次の試合には出られないと思え」
「……………はい…遅れて…すみませんでした……」
「(あー残念。あの人、イイ線いってるのに。勿体無い)」
江頭の鋭い眼光に、遅れてきた彼は縮こまってしまう。そして、最終通告を言い渡された囚人のように消え入った声で返答した。自分の気に入らない事をする選手は、彼の言動一つで何とでもなるのだ。それを身体で実感しただった。
「(あたしも、あんなんでクビにされちゃ適わないわー。気を付けないとね……。あーもう! 厚木が本気で懐かしいよ!)」
今、彼等は何をしているんだろうか。そろそろ体力トレーニングを中心としたメニューに変わっているんだろうか。三宅や渡嘉敷は寝違えたりしてないだろうか。吾郎は問題を起こしていないだろうか。寿也は。
「あ…飛んでっちゃったー………」
フェンスを飛び越えて行ってしまったボール。バッターボックスに立っている奴を見れば、それも仕方ないかとは思う。それに加えて、この場所は割とグラウンドの端に近い。当然と言えば、当然だった。
「っていうか……真人…アンタ一体何球飛ばせば気が済むんだよ! 取りにいくあたしの気持ちも考えろやゴルラァ!」
「! 口悪い口悪い!」
「るせぇ! あたしに手間をかけさせるなああああぁぁぁ!!!!!」
うがー! と叫ぶを、榎本が苦笑しながら宥める。無理も無いだろう。この一球で二桁突入なのだから。とっちゃんボーヤも粋な事をしてくれる、とは悪態をつく。朝の件で気分を害したからという理由だけで、此方にまで八つ当たりをしないで欲しいものだ。
ボードに書き込みをして、はフェンスの向こうへと行くために移動をする。
「あーもう…真人も直樹も調子がいいんだし。さっさと試合して帰らないのかなー」
江頭が聞いたら卒倒しそうな台詞だ(なんせ奴は海を渡ったこんな場所でも利益優先な行動をしている)。
「じゃなかったら、一日完全オフの日が欲しいなぁ。明日とか明日とか、明後日でもいいけれど」
はぁー、と大きな溜め息が漏れる。眉を八の字にしたその表情は、野球部の誰にも見せられない。
結局、江頭の良いように使われているだけの自分が嫌に情けなくなった。さっさと問題を起こせば、二軍に送り返されるかもしれないと考えたこともあった。だが、やり過ぎれば野球部除名の恐れがある。下手をしたら退学だ。しかも強制。それだけは勘弁して欲しいものだとは思う。
ならば、自分は何をすべきか。そう考えてみるもいい案は一行に浮かばない。いっその事、このまま身を任せればと思ってしまう時さえある。それは、強いて言うなら榎本や千石のように、海堂マニュアルに染まってしまえと言う事だ。
だが、自分の中で駄目だと言う。マニュアルに染まってはいけない、と言うのだ。自分は自分なのだから、染まってはいけない、と。
は、手の平でボールを遊ばせながら、グラウンドに戻る。向こうで、榎本が腕を上げているのが目に入った。彼と自分の距離。それを目で測り、ニヤっと笑う。
そして立ち止まった。腕を大きく振り上げて、投球ポーズをとる。
「いっくよー!」
振りかぶった。手の平から離れたボールは大きく弧を描き、榎本の手の中に納まった。「ナイス!」と榎本が言った。
「…あたしの腕も、まだ鈍ってないでしょ?
(うじうじ悩むのはあたしの性に合わないわ、やっぱ。取りあえず、奴等との野球を楽しもう)」
試合当日。見事と言うか、当然と言うべきか。スタメンメンバーに榎本と千石の名前を書き込みながら、相手チームのメンバー表を見た。
あらかじめ連絡を受けて知っていたが、まさか本当に彼がスタメンだったとは。
「ケリを付けなきゃなんないよねーやっぱり」
はああああぁ、と大きな溜め息がの口から漏れた。覚悟を決めないと。
「(試合が終わったら、時間…あるかな)」
いい加減、腹を決めなければ。ぐ、と腹に力を入れては顔を上げる。逃げちゃ駄目なんだ、と自分に言い聞かせて。
ベンチへ入れば、既に準備をし終わった選手達が座って居た。江頭は、まだ入っていないようだ。
「それだけ彼等を信用しているって事なんだろうか…それとも、何か策でも練っているのかしらねー…」
「ん? 、何か言ったか?」
「いえ、ただの独り言です。ちょっと、緊張しているもんで
(嘘だけど。ごめんなさい、監督)」
「あぁ、そうか。は、今回初めてだからな。そんなに気を張らなくいいぞ。リラックスしろ」
「はい、ありがとうございます。
―――――………あの、江頭…部長、は?」
「江頭部長は先方と話があると言って出て行かれたが、何か用事でもあったのか?」
「いいえ、姿が見られないのでどうしたかのかなと。そろそろ試合も始まりますし」
「そうだな。だが、現場監督は私だ。そこまで心配しなくてもいいだろう」
「そうですよね。少し、安心しました」
そこまで言った所で、選手達が集まっていった。試合開始だ。「お願いします」と言う彼等の声が聞こえる。
相手チームが先攻。海堂は、後攻だ。審判の、開始の合図があった。
「はじまった…頑張れ、皆」
榎本が、投球体制に入った。ストレートが、キャッチャーミットの中に吸い込まれていく。「ストラック!」審判の素早い判断が下った。どうやら、調子はいいようだった。
だが、榎本の調子がいいからと油断してはいけない。相手は本場アメリカチーム。力も技量も全て向こうが優っていると思ってもいいだろう。海堂のマニュアル野球が何処まで通用するのか、見物だ。
「(ジュニアがスタメンって事は、向こうも気合入ってると考えていいね。っていうか、あのメンバー表…本気入ってるでしょ。どうやってボスを丸め込んだんだか。ちょっと気になる所だねー)」
スコアブックに記録を残しながら、の同時作業。かつてのチームメイトとの試合は、少し複雑だった。
あとがき
本気で、寿也が足りない。榎本も好きなんだけどなー! あーどっかにさとうとしや落ちていませんか。
(20080511)