018.空と青に取り付かれた。

 江頭の紹介の後に、はにっこり笑って言った。そう、一年前の夏、は当時二軍だった現一軍のマネージャーをやっていたことがあったのだ。だから『久しぶり』なのである。江頭は、はて何故久しぶりなのか、と少し首を傾げる。
 榎本を初めとするメンバーは、口元を緩めた。

「実習以外でこうして会うのは久しぶりだね、
「そうだね。皆元気そうで何より」
「君もね」

 榎本とは、互いの拳をコツンとぶつける。昨年よりも更に見上げることになっていた榎本。昨年よりも女らしさに磨きがかかった千草(が、まだまだは女ではなく、少女だ)
 変わらないままのお互いに、苦笑した。

「相変わらず野球、なんだね」
「君こそ」
「それが何か問題でも?」

「―――榎本と、くんは知り合いなのかね?君のさっきの自己紹介と言い、今の会話と言い」
「はい。実は去年の夏、日本の戻った時に顔合わせしてるんです」
「そうだったのかね。では、くん、君の部屋に案内しよう。荷物を置いたらマネージャーの仕事に入ってくれ」
「分かりました、」

 江頭はそう言うと、くるりと踵を返して出て行った。「それじゃ、また後で」とは榎本に言い、江頭の後を小走りで出て行く。その後姿を、榎本と千石は見つめていた。

 今度の部屋は、寮の最上階にあった。江頭がドアノブを開けると、中では埃が舞い上がっているのが見えた。
 長い間、掃除をされていなかったのだろう。はけほっと小さく咳をした。

「………これは……すまないね。そう言えば遠征の準備やらで忙しくてね。この部屋が君の部屋になるのだが…この通り過せるような場所じゃない。遠征中には何とかするつもりなので少し待って欲しいんだ」
「それじゃぁ、あたしは何処で寝たらいいんですか」
「来賓用の客室がある。そこは普段から準備されているから、そこを使うといい」
「(…まじかよ)」

 居心地悪いな此処…と思いながらは再び江頭の後ろを付いて歩く。何故なら江頭以外の指導者全員が、ビクビクしているように見えるのだ。それは何処か、江頭に怯えるような、そんな雰囲気だった。
 二階に降りてきた江頭とは、廊下の一番奥にある部屋まで行く。

「此処が、来客用の部屋だ。出発までは此処を使うといい」
「はぁ…どうも、ありがとうございます」
「それでは、用意をしてマネージメントに入ってくれ」
「分かりました。今日は何を?」
「選手データを取るだけで構わない」
「(スコアじゃないの?つーか、この状況ってあたしがマネする意味あんのかなぁ)」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべたは「それでは」と言い去っていく江頭の背中をあかんべーしながら見送る。そして、パタンとドアを閉めて部屋の中に入った。
 ふぅ、を一息吐いて、は近くのソファに荷物を置く。くるりと中を見渡すと、少しリッチなホテルの一室のように見えた。

「流石、来客用つーか来客なんて来るのかよ此処…」

 柔らかいベッドに寝転び、は息を吐く。早く着替えて行かなければ、と思うのだが、本当に自分は必要なのかと思ってしまい中々行動に移せれない。江頭以外の大人は彼の権力に怯えて。二軍とは正反対の空気を醸し出している。
 これが、失敗の許されない一軍と、高みを目指す二軍の違いなのか。

「これは、早いこと厚木に帰ろうかな!」

 よいしょ、とは起き上がり、着替えを始めた。










 そして通された場所はとある部屋。
 所狭しと置かれているのは最新機械。そこの一角には座ってパソコンの画面を見ている。

「アメリカ、凄いわ…」

 はそう呟きながら、キーボードを叩く。半年前まではそこに居たでさえ、感嘆の声を漏らしてしまうほど、成長した選手達。自分達は、果たして勝てるのだろうか。不安になる。

、居る?」

 ノック音と共にドアが開かれ、外から榎本が入ってくる。

「直樹、」
「江頭部長から此処に居るって聞いて。今から夕飯に行かないか?」
「いんし…江頭から、頼まれたデータ入力と整理が終わってないんだけど…」

「そんなの後でやりゃいーんだよ」
「千石さん?」
「ちょっと、これ以上に近寄らないでくれる?」
「は、何言ってんだよ。可愛い後輩だぜ?」
「だからお前がに触ると、が妊娠するだろう」

「んな馬鹿な「五月蝿い、黙れエロスラッガー」」
「相変わらずだねー二人共」

 は苦笑しつつ、キーボードを操作して、パソコンをスタンバイにする。凝った肩を軽く叩きながら、榎本と千石が立っているドア付近に歩く。
 んーっ、と一回伸びをして、は言った。「お腹空いた」と。

 食堂に移動した一同。
 メニューを乗せたお盆を持って、空いているテーブルに向かう。千石が歩きながら「にしても…」と切り出した。

「こんな大事な時期に、お前も災難だったな」
「そうそう、江頭部長も、何を考えているのやら…だな」
「あたしに言われても…知らないよ。確かに災難だし、あの人が何を考えてるかなんて予想つかない」
「今までだって海外遠征は何度も行ったし、アメリカも何回か行ったよな?」

「なに?それってあたしが必要無いって事?」
「いやいやいやいや、俺がそんな事言うと思う?」
「思うから言ってんだよ」
、口が悪い」
「だって、直樹、この外見オッサン高校生が…」
「誰がオッサンだ!!!」
「駄目だよ、千石は皆外見オッサンって思ってるのに、口に出したら本当にオッサンに思えて可哀そうだろう」
「あ、そっか。ごめんごめん」
「心籠もってねぇな」
「籠めてないもん」
「………………………」

 ガクりと肩を落としながら、千石は座る。その前に榎本が座り(まるでお見合いだ)、榎本の隣にが座った。

「で、一体何の用?」
「用が無かったら食事にも誘ったら駄目なのかい?」
「質問に質問で返さないでよ、直樹」
「江頭部長に、なんて言われてこっち来たのか知りたくてね」
「それ…言わなきゃ駄目なの?」
「部長が普通にを一軍に下さい、なんて言わねぇだろ普通」
「表向きはそれで来たけど?海外遠征に連れて行きたいからーって静香さんに言ったらしい」

「最近の江頭部長、やっぱおかしいぜ」
「最近の江頭、と言うか。なんと言うか。
 あたしが聞いた話では、進路を勝手に決めて…とか聞いたよ。あの人が監督代行になってから」
「あぁ、それ俺も聞いた事ある。大学野球を希望する人を無理矢理プロ入りさせたとか」

「裏金使ってプロに入れたりとかね。うちのイメージアップとかなんとかやってるみたいだけど、あたし、あの人に勤まるとは到底思えないよ」
、」
「なに?」
「此処には、それを言いたくても言えない人が沢山居るんだ。部長の権力が怖くてね。部長に従順な人も居る。今言った事が知られたら不味い」
「聞かれたら、強制退部…んで退学かなぁ。成績が良くても、あたし特待生で入ってるしなー。次の高校探した方がいいかな…」

「「縁起でもない事言うなよ」」

「……………ハモるなよ」










 部屋に戻ったは、シャワーを浴びてテレビを見ていた。その時、ベッドの上に投げ出されて置かれていた携帯が鳴り始めた。メール受信の着メロが、ピロリロリーと鳴る。
 送信者、件名共に英語で書かれたそれを、は表情を変えずに開く。

【“ジュニア スタメン”】

 英語で、短くそう書かれたメールを「へぇ」と言いながら返信ボタンを押す。「おめでとう、楽しみにしてるよ」と文章を打ち、送信ボタンを押した。

「ジュニアがスタメンかぁ…向こうも本格的だね。
 とすると、ジュニアでしょーカミューもマネで参加だろうし。ジュリアとか、ビビとかも来そうだ…濃い…っ!メンバー濃!」

 思わず背筋を震えさせた

 ぶっちゃけあたし、皆にはほぼ内緒でアメリカから出てきちゃったんだよねぇ。え、もしかしてジュニアがスタメンなのもそれ?ちょっと待ってよ、まさかジュニア、怒ってる?つーか怒ってなかったらカミューもわざわざ電話なんでして来ないしし…。

 などと思いながらは携帯を再びベッドに投げる。無視だ。こういう時は気付かなかった降りをするのが一番(と思っているとそのうち痛い目に合う事をは知らない)。

「ジュニア達に会えるのは凄い嬉しいんだけど、なぁ……場所が場所だし。あんま乗り気しないや…。
 (アメリカなんて、今もこれからもずっと行くつもり無かったし)」

 あたしは、臆病者だ。と、は内心で自分自身を嘲笑する。その時、とある映像がの頭の中に映った。

 青い空。
 白い雲。
 空を羽ばたく鳥達。
 舞い上がる白球。
 あの日の、出来事。

「!!!!!!!!!!」

 はこれでもかと目を見開いて、自身の腕を爪が食い込む程強く抱えた。

あとがき

お久しぶりです。一軍レギュ編スタートです。これから寿也達とどう絡ませようか、とムフムフしながら考えています。っていうか榎本格好良過ぎ! なんて言ってるとヒロイン嬢がえらいことになってます。トラウマって、どうやって克服すればいいんだろう。

(20080421)