「で。面倒だからちゃっちゃといくよ。とりあえず今から幾つか質問するから答えろや?」
「あぁ」
はあらかじめ持っていたバインダーにボールペンを構えると「えーっと」と言いつつ項目に書かれてある事を言った。
「起床時間は?」
「五時半」
「へぇ何時も通りだね。朝運動したんだ?」
「あぁ」
「睡眠時間は?」
「大体、五時間くらいか…?」
「じゃ、寝たのは二十四時ちょい過ぎくらいかー羨ましい。あたしなんて三時間睡眠だよ。
で、だ。えーっと、朝食は何食べた?っていうか同じだよね。ご飯に味噌汁に魚だよね」
「同じ寮に住んでで違ってたら可笑しくないか」
「うん。っていうか怖いよ」
至極真面目に言うに「馬鹿」と薬師寺は言いつつ、の質問にキチンよ答えていく。それから体調や調子の悪い所は無いか、などといった質問が続いた。
それが終わると、着ていた学ランを脱いでベッドに仰向けになる。
「とりあえず、腰周りを中心にやってくから。時間余ったらリクエスト聞いてあげる」
「分かった」
「てか、今日のやっくん口数少ないけど。どしたのさ」
「別に、何時もの事だろう」
「何時もはもうちょっと多かったって」
「あ、そこはもう少し強く。
―――そうか?普段と変わらない気がするが」
「絶対気のせいだって。
―――ねぇ、昨日ちゃんとクールダウンもしてたみたいだしあたしがこうやって手出さないでもいいみたいだよ。よかったねーこれでちょっとでも悪かったらあたし徹底的にやんなきゃいけなかったから。痛いって泣いてもやってたよー」
「………ちょっと昨日の夜、寝違えて肩が痛むんだが…」
「へぇ、やっくんでも寝違えるんだ?
トカちゃんとか三宅はよく泣きついて来るよ。首が回らない〜って」
「あいつ等ならしょっちゅうしそうだしな」
「でしょー」
はそう笑いながら、肩を念入りに暖める。基本的に寝違えるのは何処か一時的に筋肉を傷めた為に起こる事なので、筋肉の異常な緊張を取り除くことから始まるのだ。そしてある程度の炎症が治まったら骨格や頚椎の歪みの治療に入るのだが、薬師寺は普段からそういうのに気をつけていたり、定期的に泰造やに診て貰っているためその必要は無さそうだった。
その後の実習は滞りなく進み、そして放課後になった。
時間通りに厚木寮行きのバスが来ても、が来る気配が無い。運転手に申し少し待っていてくれないかと寿也は言い、荷物を置いてバスを降りた。その後に続いて渡嘉敷と泉の小動物コンビが降りてくる。
「渡嘉敷に泉、どうしたの?」
「いや、に電話でもするのかなーって思って」
「俺はトイレ」
八重歯を除かせて言う渡嘉敷の後ろを、泉は通って行った。遠くから運動部の掛け声が聞こえる。あまり印象に残らないが、野球部以外にも運動部はあるのだ。
「心配性だねー佐藤は」
「彼女が大切だからね」
「大事な大事なマネージャー兼トレーナーだもんなー」
「………―――――別の意味でも、大切だよ僕は」
「マジで言ってんの?」
「僕、嘘はつかないんだけど」
ぽっかりと口を開けて間抜け面をする渡嘉敷を寿也は黒い笑みで見る。それはまるで、誰にも言うなよと言っているようだった。
暫くすると、泉がトイレから帰ってきた。
「まだ来てないの?
もしかしたら、報告書みたいなの書いてるんじゃない?」
「ああ、そういやぁちょっと前も昼休みにウチのクラスで何か書いてたよな。
これこの前の実習の報告書なんだー締め切りすっかり忘れてた、って言いながら必死に書いてた覚えがあるんだけど」
「そうなんだ?じゃあ、まだ時間かかりそうだよね?」
「うん、多分ね」
「いざとなったら監督に言えば迎えには行ってくれるんじゃない。監督、やけにの事可愛がってるし」
「の奴、まだ来ないのか?」
「あ、薬師寺は今日とやったんだよね。なんか聞いてないかな?」
「…報告書とレポート書くのが面倒だ、としか聞いてないぞ」
「そっか、ありがとう。じゃあ、これ以上待っても来ないよね?僕達も練習したいし、先に帰ろうか」
「電話すりゃいいんじゃねぇのか。、携帯持ってるだろ」
「ごめん、僕携帯持ってないんだ。あ、でも吾郎くんは持ってたと思う」
寿也は顔を出してきた薬師寺にありがとうとお礼を言うと、車内に居る吾郎の名前を呼びながら入っていった。渡嘉敷と泉、薬師寺も車内に戻っていく。
「吾郎くん、ちゃんの携帯の番号知ってる?」
「へぇーの奴、携帯持ってたのか?」
「知ってる?」
「いや、知らねぇな。アイツが携帯持ってるっていうの初耳なんだぜ俺は」
知るわけ無いだろう、と吾郎は踏ん反りがえりながら言う。その場違いな態度に溜め息を吐きつつ、寿也は運転席に向かって歩き出した。
待たせてすみません。出してください。と寿也が言うと、運転手はわかりましたと言ってエンジンをかけた。
動き出したバスにバランスを取られながら、自分の席へと寿也は座る。自宅通学の女子生徒が談笑しながら帰っているのが視界に入った。夏以来帰っていない、いや、帰れていない実家がやけに恋しく思えた。
そして、普段からずっと近くに居るが居ない事に、違和感を覚えた。
「(前、酷い事言っちゃったけど、僕には彼女が必要なんだ)」
心にポッカリと、穴が開いたような感覚。両親に置いて行かれた時と同等の喪失感。失っていないのに、と思いたくなった。
グラウンドに、掛け声とカキーンという音が響いた。
寿也は先ほどから吾郎と共にランニングをしたり、柔軟をやったりと他のメンバーよりわりとゆっくりと念入りにやっていた(と言えば聞こえはいいのだが、実際はが帰ってこない為集中出来ないのだ)。
吾郎に背中を押してもらいながら柔軟をしていると、吾郎が「なぁ、寿」と口を開いた。
「どうかしたの、吾郎くん」
「お前さぁ…ぶっちゃけと何処まで進んでるんだ?」
「はぁ?吾郎くん、君何言ってるのさ」
「いや、昔っから思ってた事なんだけどさ。お前とってなんかイイ感じじゃねぇ?それにお前、アイツとくっ付いてなかったら、夢島から帰ってきた時に俺と同じような感じにならねぇか?」
「あのねぇ、こればかりは僕と君とを一緒にして欲しくないね。僕は吾郎くん我慢できるの」
「…なに、じゃあお前は夢島ん時も抜いてなかったのか?」
「そんなあからさまなこと言わないでくれる」
「いや、別に周りに誰も居ないし」
「そういう問題じゃないよ」
ニヤニヤしながら言う吾郎に、寿也は呆れの声色で答える。まるである意味女の子のような会話だ。「で、何処までいったんだ?」という吾郎の質問に寿也は拳で黙らせる事にした。
改めてそう言われると、確かに自分とは今どんな関係なんだろうと思ってしまう節が寿也にはある。彼女の間には、空白の三年が存在するが寿也にとってはそれが片思いだと自覚する時間だったのだ。
そして今、疑問に思ってもには聞いていない事が幾つかある。
「(だけど、随分見ない間に可愛く…いや、美人さん?になったよね)」
性格は変わっていない。あの頃のまま。成長して、身体だけが大人になったような。そして吾郎同様に、夢を追い駆ける姿勢は似通った所があるのを、本人達は知らない。
だが吾郎と違い、には違和感が漂っている。それが一体何なのか、寿也には想像することも出来ないのだが、の雰囲気が、そう思わせているのだ。
「僕とちゃんは、そんな関係じゃないよ」
「ふぅん」
「…信じてないでしょ、吾郎くん」
「当たり前だろ。リトルの時だって、お前等あんなにくっ付いてたじゃねぇか」
「あの頃はそうだっただけだよ。それだけ」
「それだけ、でああなるとは思えねぇんだけどなー」
「くどいよ、吾郎くん」
あまりにも直球な寿也の一言に、流石の吾郎も凹んでしまった。
あとがき
男の子同士の会話って、あからさま過ぎて何処まで書いたらいいかたまに分からなくなります(今でも十分行きすぎかもしれない)
そして置いてけぼりを食らったヒロイン嬢。おまえら冷たいな!!!
(20080302)