011.青梅の未熟さに似て

 すっかりは薬師寺のベッドで沈んでいた。
テレビ(と言うか、ビデオ)を見終わり、ふぅと一息。そして薬師寺はを見た。

「(………………………………………おいおい)」

 寝てやがるぜコイツ…どーすんだよこれ。って言うか普通男の部屋で寝るか?そりゃこの部屋は俺と米倉の二人部屋だからそんなやましい真似は出来ねぇけど…っていうか何だよ!ナニするって決まってんのかよ!はそういう対象にならねぇんじゃねぇのか。だってチームメイトだろ、は。それには俺の好みじゃねぇし(俺はぺちゃぱいよりかはでかい方が好きだ)。子供だし、どっちかっていうと同じ異性でも妹みたいなモンだし。いや待て、こいつが妹ってのもなんか癪に障る。ああああ何なんだよこれ…。っていうか起きろ。
と薬師寺はもんもんとしながらの寝顔を「以外と可愛い顔して寝るじゃねぇか」と顔にかかった髪の毛を払ってやる。
 こんな時に限り、同室の米倉が帰ってくる気配がしない(まぁ、今帰ってこられてもあらぬ誤解をされてしまうだけなので正直帰ってきてほしくは無いのだが)。

「…………んっ」
「!!!(びっくりさせんなよ馬鹿!)」

 枕に突っ伏して寝ていたため、息苦しくなったのだろうか。眉を寄せてはごろんと寝返りを打った。ティーシャツが捲れて白い肌が露になった。鍛えられた細い腹が薬師寺の視界に入る。

「(心臓に悪いんだよ!早く起きろよな!)

 心臓をバクバクと鳴らしながら薬師寺はそっとの肩を揺らす。

、起きろ。
「んー……」
っ!」
「…うー」

 会話にならない会話が続く。起きる気配のしないに、困り果てた薬師寺。どうするか、と途方に暮れていると、風呂上りだと思われる米倉(とくっ付いてきた渡嘉敷)が「あーいい湯だったー」と言いながら入って来た。

「あれー薬師寺まだ風呂入ってなかったのっていうかなんでが此処で寝てるのさ。まさかやくし」「コイツが勝手に部屋に入ってただけだ!」」
「…ま、そんなトコだろうと思ってたけど。で、起きないの?」
「あぁ」
って一回おねむモードに入ると、絶対起きないからねー」

「そうなのか」
「そうそう、この前学校に行くバスの中で着いたら起こしてって頼まれて、起こしたんだけど中々起きなくて」
「(そんな事あったのか…)」
「で、しまいには怒られちゃって。あたしの睡眠を妨げるなぁーって。あの時は流石の俺も傷ついた」

 うんうん、と頷きながら言う渡嘉敷に薬師寺はそんな事があったのかと思いながらを見る。そしてよく見たらの目が腫れぼったい事に気付いた。










 次の日。
 は、自室のベッドで起き上がった。よく寝た、と伸びをする。「んー」と改めて目を開くと、そこが自分の部屋であることに気付いた。

「あれ?あたしなんで此処に?」

 薬師寺のベッドで潰れたんじゃなかったっけ?と首を傾げつつ、はベッドから抜け出す。そしてその足でシャワールームに向かった。自分の記憶が正しければ、昨夜は風呂に入ってないのだ。
 今日は誰も朝練をしないと聞いているため、ゆっくりと湯船を張り朝風呂を楽しむ。二十分程浸かっていると、お腹の虫がグゥと鳴った。朝食を食べるために直ぐさま風呂から上がった。

 制服に着替えて、食堂に行くとちらほらと人が居る事に驚いた。現時刻は七時。朝練をしない日は殆どの人達はギリギリになって起きて来るのだ。
 はその早く起きたメンバーの中に寿也が居る事に気付いた。トレーにメニューを乗せて、寿也の側まで移動する。

「おはよ、隣いい?」
「あ、おはようちゃん。うん、いいよ」
「ありがと。ねぇ、寿也」
「なに?」
「昨日の事、なんだけど」
「昨日の事?」
「うん。アレ…気にしないでいいよ。あたしの我が儘だから、さ」
「………うん、分かった」

「あの約束…吾郎は忘れちゃってるみたいだし。あたしだけなのかなぁ、覚えてるの」
「僕は、覚えてるよ。ちゃん、言ってたじゃないか。何時か同じチームで、って言ってたの」
「でも、もう果たせないよ」
「え?どうして。此処だと果たせるんじゃないの?」
「だって、吾郎は忘れちゃってるもん」
「吾郎くんは忘れてないよ」
「覚えてなかったよ」
「ううん。吾郎くん、昔リトルでの試合の時に果たしたって思ってたんだよ」
「…………………え?」

 の手が止まった。お茶碗を持ったまま、寿也の隣で固まっている。
寿也はそんなの目の前に手の平を出して「ちゃん?」と言う。その後、の「嘘ーーーーー」と言う声が食堂に響いた。
 寝起きで頭の働いていない人達の脳が一気に覚醒した。

 そして何時もの学校へ行くバスの中。は一人悠々と座りたいんだと主張する吾郎の隣に無理矢理座る。通路を挟んで寿也がその隣に座った。

「んだよ朝っぱらから」
「るさい吾郎」
「おい!寿もコイツの面倒ちゃんと見てくれてねぇと困るぜ」
「何ですって!!!!」

ちゃん、吾郎くん今はバスの中だから静かにしようか?」
「「はい……」」

 吾郎に突っかかっていくの肩を持って、寿也はにっこりと笑って言った(しかし目は笑っていない)。黙りこくる二人。寿也はのだけ聞こえるように言った。

「ほら、吾郎くんに言うことあるでしょ」

 渋るような表情のに、寿也は「大丈夫だから」と言う。

「吾郎くん、ちゃん君に話があるんだって」
「ちょ!寿也!」「あぁん?」
「大丈夫だって。ちゃんと話したら幾ら理解力の乏しい吾郎くんでも分かってくれるって」

「寿也…」
「寿、お前俺のこと何気に馬鹿にしてねぇか」
「え?やだなぁ、僕がそんな事すると思う? で、ちゃん」
「分かってるよ。
 あのさぁ、吾郎。昨日話してた事、なんだけど」
「あの話は終わりじゃねぇのか?」

「いや、それがさ。寿也に聞いたらあたし達勘違い?思い違いしてたみたいで。あたしは三人同じチームでっていう意味で野球やろうって言ってたんだけど、吾郎はちょっと違ったんだよね?」
「敵同士でも野球は野球だろ」
「うん、ちょっとした価値観の違いだったんだよ。だから、今度こそ同じチームで野球、やろ?」
「…それって今やってんじゃねぇの」
「せいかーい。だって、今じゃないと同じチームでなんか早々出来ないでしょ。あたし、聞いたよ静香さんから」

 は苦笑しながら言うと、吾郎は驚いた表情で「知ってたのか」と言った。何とも言えない表情で寿也は二人の会話を聞く。この空間だけ、バスの中が嫌に静かに感じた。










ちゃーん、おはよぉー」
「(ウザいのがきた…面倒だなぁ)」
「あ、野球部の方達ですかぁ?アタシ、ちゃんの友達で同じトレーナーコースの大盛 カナエですぅーよろしくねぇー」

 バスが何時もの場所に停車し、ぞろぞろと降りているとカナエが寄って来た。くるくる巻き毛が何時もより丁寧に巻かれている。バスから降りてきたに目ざとく声をかけ、彼女はするりと腕を絡ませた。そして、如何にも今気付きました、と言わんばかりに寿也や吾郎に愛想を振りまく。
 寿也はその光景に少しばかし眉をしかめる。の心底嫌そうな顔に、カナエは気付いていないのだ。

「大盛さん、そろそろ急がないと」
「えー大丈夫だよぉ、アタシ、もう少し野球部の皆さんとお話したいのぉ」
「じゃぁ先にあたしは教室行くから。じゃぁね、皆」


「何、吾郎?」
「…いや、何でもねぇ」

 の表情に、吾郎は言葉を詰まらす。足早に歩くの背中を、寿也は羨ましそうに見ていた。
カナエは「ちゃんったら、つれないのぉ」と言いつつ笑っていた。

「あのぉ、野球部のマネって、ちゃん一人だけなの?」
「…マネージャーは、彼女一人だけだよ」
「そうなんだぁ、ちゃん一人で大変そうだねぇ」
「そりゃ、そうだろうね」

「ねぇ、アナタ、お名前はなんて言うの?」
「………佐藤 寿也」
「佐藤くんって言うんだ。ちゃんとは、どういう関係なの?」
「幼馴染だけど」
「あ、いけない!チャイム鳴っちゃう!ごめんねぇ、さとうくん、アタシ先に行くねぇ」

 言いたい事だけ言うと、カナエはポケットの携帯電話の時計を見る。残念そうに言うと走って昇降口に入って行った。
 彼女を見送った彼等は、一斉に息を吐く。

「なんやあの女」
の友達って、ぜってぇ嘘だろ」
「渡嘉敷、言わなくても皆分かってるぞ」
「っていうか、機嫌悪そうだったな。今日の練習に響かなきゃいいけど」

「響いたら、今日はどんな事が起こるかな…」
「この前は、ロッカールームでウサギの縫いぐるみの耳を吊し上げるように持って腹を思い切り殴ってた」
「じゃあ、今日はきっと阿久津辺りにいきそうだね」
「オイ!俺が被害者かよ!」
「だって、阿久津の顔、苛々してる時に見ると軽く殺意涌くから」
「……整形した方がいいかな、俺…」
「諦めたほうがいいと思う」

 前例のある特待生組は背筋がゾッとした。同時に三途の川への片道切符を渡されたも同然の阿久津はガタブルと震えだした(三途の川に往復切符など当たり前だが無いのだ)。

「…そういや、吾郎くん」
「あぁ、って一回キレたら」
「手が付けられなかったね」「手が付けられなかったな」

 ひゅるるるる―――――。彼等の周りに、枯れ葉が舞った。

あとがき

薬師寺ったらここで若気の至りでも起こせばいいのに…(でもきっと彼は奥手だからきっと出来ない)。そしてヒロイン嬢は薬師寺に姫抱っこだれて部屋に帰るのですよ。
阿久津がなんかかわいそうなことになりました(でも阿久津は苛々してるときに見ると絶対軽く殺意湧くんだって!)。

(20080229)