夜になり、何時も通り練習を終えた吾郎には、声をかける。「話があるんだけど」と。吾郎は「なんで練習に出て来なかったんだよ」とブツブツ文句を言いながらも、について来た。
「ってかお前目ぇ赤ぇぜ」
「分かってる。
―――――話って言うのは、ね…吾郎。聞いちゃったんだ、静香さんから。吾郎が来年の壮行試合に一軍に勝ったら此処を…海堂を辞めるって」
「嘘じゃねぇぜ。俺は強くなるために海堂に入ったんだ。んで俺を強くしたトコに勝ちてぇ」
「“だから出て行く”?」
「おう」
「なんで?壮行試合終わって、動きの良かった選手は秋から一軍入りが決まるんだよ。そしたら寿也と試合でバッテリーが組める!三人の昔の約束も一緒に果たせるのにっ!」
「俺は海堂の野球には染まらねぇ」
「でも」
「でだ、昔の約束って」
「忘れたの?
………そっか。忘れちゃったんだ」
「だから約束って「もういい!」」
「!」
「こんな事で吾郎に話があるって言ったあたしが馬鹿だったよ。何処でも好きな所に行けばいいじゃん。その時は、完膚なきまでに叩きのめしてやるから」
「何言ってるんだよ、」
吾郎の制止の声も聞かずに、は歩き出した。その表情は納得できない、と言っている。
吾郎はそんなの背中を見て、頭をかきながら「わっかんねぇ」と呟いていた。
はその足のまま、食堂に行く。今日は皆と顔を合わせて食べるのが気まずかったので、お弁当を作ってくれたらしい。「なんか意味無い気がする」と言いながらそれを取りに行くと、思ったとおり、そこには居た。
「ちゃん!監督から具合が悪いって聞いてたけど、大丈夫なの?」
「え…?あ、うん。だいじょう、ぶ」
「そっか、良かった。あと、吾郎くん知らない?」
「……………知らない」
「うーん、何処行っちゃったんだろ吾郎くんったら」
「知ってたんだよね、寿也は」
「ちゃん、何を?」
「吾郎が……」
「あー…うん。そうなるね」
「あたしだけ除け者か…」
「別にそんなのじゃ「一緒だよ」」
「あたしからしてみれば、おんなじなんだよ。同じ」
そう言いきると、はカウンターに置かれていたお弁当を持って食堂を出て行った。寿也を初めとした、他のメンバーが目を丸くしてそれを見ていた。
一回り小さな背中が、泣いているように見えた。
が食堂から出て行った直後に吾郎が入って来た。
「ったく何なんだよアイツ」
「吾郎くん、何処行ってたの?」
「あぁ?に話があるって呼ばれて」
「…そうなんだ。
(ちゃん、知らないって言ったのに)」
朝から色々とゴタゴタしたものがあり、を見ていなかったと寿也は思った。そして自分に内緒で吾郎と話をしたという。なのに吾郎はと聞かれたら知らないと答えた。
おかしい。
が嘘をついた理由が分からない。
「なぁ、寿」
「なに、吾郎くん」
「俺さぁ、なんかと約束したっけ?三人って言ってたから、お前もだよな」
「え?吾郎くん忘れたの?」
「なんかアイツ、ヒステリー起こしたみてぇだったんだよなぁ。だから女って嫌なんだよ」
「それ、吾郎くんの方が悪いよ!!!!!」
「んだよ、寿。大声出して」
「君が昔隣町に引っ越した時にちゃん言ったよ。また三人で野球しようって!」
「あ、三船リトルと横浜リトルが試合した時に野球したじゃねぇか」
「そうじゃない。ちゃんは君と僕と同じチームでやりたかったんだよ」
「分からねぇな。それが違うってのか?」
「ちゃんは、きっと同じチームでっていう意味の三人で野球なんだと思うよ」
「……………」
「俺が口出す事じゃねぇけど、それって茂野が悪いと思うぜ?女って約束とか、そういうのこだわるから」
「はあぁ見えて、以外と繊細な奴だからな」
「んだよ、渡嘉敷も薬師寺も」
「「お前、女心分かってねぇのな」」
「二人してハモんな!」
寿也を始め渡嘉敷、薬師寺からといったメンバーからも非難の視線を浴びる吾郎。遂には気まずくなって食堂を出て行った。
それを溜め息を吐きながら見る寿也。
「吾郎くん…」
「アイツもまだまだだな」
「ってか君達、吾郎くんが女心分かってないのは一目瞭然じゃないか。今更そんな事言っても、吾郎くんには無駄なんだよ。だって野球しかしてなかったんだから」
食事を再開した寿也を、不安げに見る渡嘉敷。薬師寺は既に食事を終えていたみたいで、すっと食堂から出て行った。
この時間ならまだ大抵の奴は食事をしているし早めに風呂に入るか、と薬師寺は部屋に向かう。ドアの側のプレートには、薬師寺と渡嘉敷の名前が書かれていた。なんでコイツと、渡嘉敷は米倉と同室でいいんじゃねぇかと薬師寺は何時もそれを見る度に思う。
なんだかんだ言って、いいコンビの渡嘉敷と米倉なのだ。
ガチャリとドアノブを回して室内に入ると、電気が付いていた。朝消し忘れたかと一瞬思ったが、よくよく考えてみれば朝は電気を付けていなかった。
「おかえりーやっくん」
妙に明るいの声がした。二段ベッドの下段(ちなみに薬師寺のベッドだ)に腰掛けて、足をぷらぷらを揺らしている。
「ご飯食べ終わってたみたいだけど、遅かったね」
「何しに来たんだよ」
「ん。ちょっと人肌が恋しくなりまして…っていうかなんとなく、今は誰かの近くに居たいなと思いまして」
「だったら茂野か佐藤ん所行けばいいじゃねぇか。幼馴染なんだろ」
「や」
「何で?」
「…吾郎も寿也も…嫌い。あたしだけ除け者にして…勝手に決めちゃって」
「男は皆自分勝手だろ」
「やっくんも?」
「さぁ、どうだか」
「ふぅん」
ばふっとは枕を抱え込むようにして倒れこんだ。その衝撃でスプリングがギシッと鳴った。うー…と一人唸るに、薬師寺は盛大に溜め息を吐く。「男のベッドに転ぶな」と叫びたかった。
なんせ薬師寺も一応、健全な男子高校生だ。自分のベッドに、自分の枕を抱えられるようにして転ばれたら、どうかしてしまいたくなる。他のメンバーより、幾分か自分には懐いているのだから。その気があると、思ってしまう。
「ねぇ、やくしじ」
は唐突に口を開いた。勉強する為に置かれている(と思われる机の上には大量の着替えが置いてある。その中の目立つ場所に下着が置いてなくて薬師寺は心底ほっとした)椅子に腰掛けて、テレビを見ていた。勿論、野球観戦(多分夏辺りに渡嘉敷がウキウキしながら録画したビデオで米倉と見るために持って来たんだろう)。
「やっぱ男の子って、わかんないよ」
「俺は女が理解出来ないな」
「なんで好き勝手に自分で決めるんだろう」
「相談したって自分の事だからな。自分で決めるしか無いだろ」
「でも、参考までに。とか少しは耳を傾けてくれたっていいじゃない」
「それは人それぞれ」
「薬師寺は?」
「あ?」
「薬師寺は、どうなの?」
は、そう言って枕から顔を上げる。これみよがしに寛いでいるに、薬師寺はもう何も言うまいと決めた。
返す言葉を考えながら、買い置きで小型の冷蔵庫に入れておいたお茶をペットボトルのままグイッと飲み干す。
その時、テレビ画面では「アウトー」と司会者が叫んでいた。
「相手による、な」
「何それ」
「どうでもいい奴の言う事なんか聞いても無駄だからな」
「だから男の子って、分からない」
「俺は今のお前がわかんねぇな」
「どうして?」
「らしくねぇんだよ、今のお前は」
「あたしらしいって、薬師寺はあたしの事どう思ってんのさ?」
喉渇いたーと言いながら薬師寺の飲んでいたペットボトルを素早く取り上げる。「おい、てめっ!」と薬師寺が取り返す前に一口だけ、喉を鳴らして飲んだ。
―――コクリ。
「(飲みやがった!ってか、間接…)」
「で、あたしらしいって、何よ」
アルコールを飲んだわけでも無いのに、座った目では薬師寺をジッと見詰める。
「何時も馬鹿みてぇに明るい奴。一見馬鹿のように見えて実は頭の回転が速い。けどその反面少し崩れたらネガティブまっしぐら」
「それって褒めてるのそれとも貶してるの」
「どっちも」
「やっくん酷い!あたしが今までどれだけ褒めてきたと思ってんの!」
「それが馬鹿なんだよ」
「…う。分かってますよーだ!」
「(分かってねぇって、その返事は)」
ハンカチを噛む振りをしつつ、およよと泣き真似をするの額をペコッと親指で弾いた。「あたっ」とは額に手を当てて「痛いじゃん!」と言う。
「早く部屋、帰れよ」
「えー?あたし一人部屋なのー帰ってもつまんなーい」
「誤解されても知らねぇぜ」
「誤解?何で?」
「……………」
年頃の女の子とは思えない言動に、薬師寺は本日何回目かの溜め息を吐いた。
あとがき
前回の続き。幼馴染がそんな事言い出したら幾ら強い子でもくると思うんです。ましてやそれが我の強い吾郎だからヒロイン嬢も余計に認めたくないと言うか。私だったら認めたくないですね!だって吾郎だから!!!(え)
(20080228)