007.青く蘇る星

 泰造は溜め息を吐きながら、の背中をマッサージし始めた。は枕をバンバンと叩く。

「ちょ!痛い痛い痛い!泰造さん痛いですってば!」
「何言ってるのよ。貴女にはこれくらいがちょうどいいわ」
「あたしが何したって言うんですか!」

「貴女、今日投げたでしょ」
「だからただのお遊びですってば」
「そのお遊びで百キロ出したんでしょ」
「ちょっと、ムキになっちゃって。えへ!」

 はペロッと舌を出しながらお茶目に言った。だが、そのような事で泰造の目は誤魔化せなかった。呆れたようにの頭を小突く。

「泰造さん」
「何」
「治りますよね?」
「貴女が大人しくしてたらね」
「うーんそれはちょっと無理かも」
「治したかったら激しい運動は控えなさい」
「善処しまーす。
 ……なんか、笑っちゃいますよね。トレーナー目指してる人が、壊しかけているんだから」
「貴女の場合、事故なんだから仕方の無い事よ」
「そう、割り切れたらいいんですけど」
「……………ま、器用じゃないものね」
「分かってんじゃん」

 愁いを帯びたその瞳を、閉じた。
 急に大人しくなったを、泰造は優しい瞳で見詰めた。は本来負けん気の強い勝気で正直な性格だ。幼い頃から外でチャンバラごっこばかりしていた為、こうして成長してもそのさばさばとした行動に泰造は好感を持てている。
 だからこそ、男ばかりの寮に一人(静香も居るが彼女は監督なので除外)女の子というのにも、反対しなかったのだ。
 こうして、が泰造のマッサージを、アメリカで何が起こったのか彼等は知っている。本来なら、マネージャー業は無しで、トレーナー見習いだけで此処に来て欲しかったと泰造は思っている。の身体は何時崩れ落ちても可笑しくはないのだから。
 だがそれは上が許さなかった。何故マネージャーでもないのに野球部の寮に住ませるのだ。下宿なりなんなりさせるがいいじゃないか、と。
 それを捻じ曲げたのは、彼等の父親――総監督――だ。

 そろそろいいだろう、と泰造はに「はい、いいわよ」と言った。「ありがとう」とは返し、サイドに置いてあるドリンクを手に取った。時計を見ると、午後七時前だった。そろそろ練習も終わるだろう。

「この時間だと、食堂で待っていた方がいいわよ」
「あー…どうしよっかなぁ」
「迷ってるんなら彼等の所に行って来なさい」
「え」
「ホラ!早くしないと直で此処に来る子達も居るんだから!」

 暗に「邪魔」と言われ、はトレーナールームを出て行く。お腹も空いている事だし言われた通り食堂に行くか、と重い足を食堂へ向けた。










 食堂にて。
端っこに座ってぼーっとしていると、外がガヤガヤと騒がしくなった。来た、と思った瞬間にドアが開いて集団が入って来た。

「監督の言った通りだったね、吾郎くん」
「おう、実はあの人エスパーか?」
「違うと思うよ。
 ちゃん、隣座っていいかな?」
「…別にいいけど。どしたの皆してこんな端っこに寄ってきて」
「じゃ、お前がそこから移動すりゃいいんだよ」

「あ、あたしのハンバーグ!!」
「端っこなんか行かなくたって、此処は狭くないだろー」

 吾郎にトレーを勝手に移動されて、は真ん中のテーブルに座らされる。そこを中心に後のメンバーに座りだした。

「な、なによ」
「お前が変だからだろ」
「あたしの何処が変なのさ!変なのは吾郎の頭じゃん!それって寝癖?ちゃんと直しなさいよね!」
「るせー面倒なんだよ!」
「少しは寿也を見習えば?」

「吾郎くん、なんで皆が窮屈な思いをしてこうして座っているのか分かってるのかい?」
「「(ブラック寿也発動した!)」」

「お節介かなって思ったんだけど、僕達気になることがあって。いいかな?」
「いいかなってこれは吐けよこのヤロウって言ってるようなもんじゃん」
「い い か な ?」
「………お…おけーです」

 一口大に分けたハンバーグが箸から落ちそうになった。寿也はにっこりそう言うと「じゃ、誰からにしようか」と辺りを見回して言った。少し沈黙があったその後に眉村が言った。

「……・…いいか?」
「じゃあ眉村からで」

、お前肩か何処かを傷めてるんじゃないのか?」
「(行き成り確信きたーーーー!!!!!)」

 ぶはっとは水を吹き出した。むせるに、渡嘉敷が「きたな!」と言いながらタオルを差し出した。咳を繰り返しつつ、なんとか渡嘉敷からタオルを受け取ったは、涙目になりつつ口元を拭った。

「こほこほっ……けほっ…。なんで、そう思ったの?」
「質問に対して質問で答えるのは良くないぞ」
「るせー。で、眉村はなんでそう思ったのさ」
「午後の授業で、ソフトをやっていただろう。その後からちょっと可笑しいと思っていた」
「ふーん、流石ピッチャーやってるだけ他の人の肩も分かるんだ」
「そうではない。お前の行動が何時もと違っていた、というのもある」
「なんだい、あたしは分かりやすい子ですよーだ」
「ふざけてると佐藤が怒る「ごめん寿也、もうしないから」」
「でだ。眉村のそれには、まだ言えない。あたしにまだそれを言える勇気がない。
 だけどこれだけは言えるよ。正解、って」
「………………そうか。気に病むなよ」
「どうもご親切に」

 は不機嫌な声色でそう眉村に返した。そして「で、次は?」と寿也に言う。

「じゃ、僕が代表で言おうか。
 ちゃん、なんかクラスで浮いてない?」
「うっわ!直球ど真ん中ストレートで言っちゃったよ寿也!
 ってゆかよく今日が登校初日なのによく分かったね!勿論、クラスからは浮いておりますよ。なんたってあたしは女子生徒の憧れの的、野球部マネージャー、でしかも、運動神経は抜群で成績も優秀だしね」

 最近は大人しくなってるけど嫌がらせとかしょっちゅうされてたしね、と付け加えた。

「いやがらせって?」
「同級はもち、お姉さまからの呼び出しとか。あたし一軍の先輩とも仲いいから。後はそうだねぇ、うん。女って、怖い生き物なんだよね」
「………それって皆初耳だよね?」
「当たり前。こんな事で皆を困らせたらマネ失格だし。実際そーゆー事されてもへこたれないし。ってゆか全然効果なし。ぶっちゃけ、アメリカに居た方が断然キツかったしねー。
 そゆ事で、この話はおしまい。あ、明日は朝練何時からって静香さん言ってた?」
「……………」
「…何時も通りだ」
「ありがと、薬師寺」

 これ以上話す事はない、とはトレーを持って机の下に潜った。何故なら両隣には寿也と吾郎が座っていたため、簡単によけてはくれないと判断したためだ。もそもそと移動して、立ち上がると「じゃあね」と言って食堂を出て行った。










 の足音が完全に途絶えたあと、寿也が口を開いた。

「知ってた?」
「初耳だよ、俺達も」
「あぁ、がそんな事されてたなんてな。隠すのが上手いな、アイツ」
「薬師寺、そこは関心する所じゃないと思うよ」

「で、どうする?皆して押しかけて聞いちゃったけど」
「本人が気にしてねぇんだ。別にこれでおしまいだろーフツー」
「俺も茂野に賛成。これ以上の中に土足で入っちゃ駄目だと思う」
「あぁ、今回でも今以上に隠すだろうがな」
「仕方ないと思うよ。渡嘉敷の言う通り、あの話はの言わば秘密のようなものでしょ。それに、薬師寺の言う事は最初から予想はしてたでしょ、こんな事したらって」

 泉が二人の意見をまとめるように言う。はぁ、と誰かの溜め息が聞こえた。それはこの気まずい雰囲気に対してか、はたまたの中に土足で足を入れてしまった事に対する後悔の溜め息か。
 最初に眉村と薬師寺が席を立った。続いて市原、草野と連続で立ち上がる。吾郎はこの湿っぽい雰囲気に堪えられず、席を立った。
 次々を空席が増える中、寿也、泉、渡嘉敷と言った罪悪感でいっぱいなメンバーは食事の手も止まってしまったかのように固まっていた。

「はぁ、こんな時だけは吾郎くんのあの呑気な性格が羨ましいね」
「全くだ。なんであそこまで気にしないでいられるんだよ」
「きっと、の事はどうでもいいんじゃねぇの?」
「あぁなんかそれ分かるかも。基本、吾郎くんは自分以外はどうでもよかったりするしね」
「やっぱり?だから夢島でもあんなことばっかやってたんだね。なんか納得」
「あんな事って?」
「夢島のコーチや監督に毎回反抗してたよな…」
「だからマニュアル野球嫌いって言ってたんだ」
「まぁね。此処じゃ吾郎くんの野球はタブーだから」

「それで、茂野の話はもういい。男三人でなんで男の話をしないといけないのさ」
「「……(泉、よく言った!」」

 何の解決策も見付からないまま、夜は更けていった。
そしてその夜、吾郎は静香に「海堂を辞めろ」と言われて人騒ぎ起こった。静香に詰め寄る吾郎を、寿也は心配そうに、だが内心冷ややかに見ていた。

あとがき

静香の退部勧告を少しずらしてます。アニメでは歓迎試合の日の夜でしたが。(っていうかこの話忘れてました)
伏線て貼るの難しい。

(20080214)