「なんですか、先生」
「頼むからりくじょう「お断りします」」
「あたし、野球部の特待生なんで」
「そんなの俺が揉み消してやる!」
「いや、普通に契約書にサインしてあるんで無理ですよ。馬鹿な事言わないで下さいよ」
が呆れたように言うと、背後から甲高い声が教師との会話を遮った。アイロンで巻き毛にした髪の毛をくるんと揺らして、声の主は言った。
「先生ぇ、測り終えましたよぉ。次は何するんですかぁ?」
「あぁ、グラウンドで測る種目は終わったから今日はもう自由だ」
「わかりましたぁ。
みんなぁー何やるぅー?」
その一言を待ってましたと言わんばかりに、はすっと教師を背にして歩き出した。
「あ、さぁん!さんも一緒にやろうよぉー」
「……………………え?
(あぁ、うざい!何その喋り方!気持ち悪いんだよ!)」
「んーと…何にしようか…人数もじゅうぶん足りてるし。ソフトボールとかどうかなぁ?」
「…ごめん、気分が優れないんだ。遠慮しとくよ」
「アタシ、さんともっと仲良くなりたいんだぁ。ね、だから一緒に」
「だから、気分が「なぁに、それとも野球じゃないからやる気になれない?それともアタシ達素人に負けるのが嫌なの?」
「……………」
「どうなのぉ?」
「(ソフト…素人相手なら、まだ何とかなるか)
いいよ。挑発にのってあげる」
「うふふ。アタシ、ちょーはつなんてしてないのにぃ。
ま、いいやぁ。皆ぁーちゃんもやるってぇー」
苛々する喋り方をする彼女――大盛 カナエ――は、の腕に自身の腕を絡ませ、他の子達の所へ歩き出した。腕に刺さるその爪が、妙に鋭かった。
本来ならばカナエの取り巻き達が大半のスポーツトレーナーコースでは、のような特殊な人間は疎まれがちだった。
海堂高校野球部は、何かとイケ面揃いのスポーツ集団で有名だ。また顔だけではなく、本職の野球も全国一位を誇る自慢の部だ。言わば、高校の看板。そんな中に、一人だけマネージャーとして入部(しかもそれは入学前からの決定事項)し、特待生扱いのを回りはいい目で見ないわけが無い。
そして毎朝、野球部専用のバスで通う彼女。回りには彼女達の憧れの的である部員達と仲良さ気に(実際仲が言いのだからこれまた不満だ)昇降口まで行く彼女。昼休みには楽しそうに教室を出て行く彼女。
最初はの環境に羨ましがる。そして同じクラスで過ごすうちに、また嫉妬する。
アメリカ帰りの帰国子女と野球部の特待生と言う事もあって、教師受けがいい。授業の成績もほぼ一位(定期考査の結果で)。少し小柄な外見がとても可愛らしいが、実はさばさばして思った事をちゃんと口に出来るかっこよさを兼ね備え(何故なら、思った事はちゃんと口にする国で揉まれたからだ)、実はこっそり女子生徒の憧れの的となっている。
そのような理由から、カナエはを敵対視するようになっていた。はじめは、自分の取り巻き達にと喋るなと命令して、徐々にクラス中へと広めていった。しかし、はそのような些細な事ではへこたれなかった。
「(アナタの得意な野球で、ボロボロに負けたら少しはこたえるでしょう?)
ちゃん、ピッチャーやって貰えないかなぁ?アタシじゃ上手く投げられないのぉ」
「……いいよ」
「(アナタを蹴落として、アタシが野球部のマネージャーになるんだから)」
カナエは知らない。小学校時代に、がリトルでピッチャーをやっていた事を。
「あれ、もう授業終わったのにまだやってんじゃねぇか」
「あぁ茂野は知らないんだっけ?体育科はたまにだけど二時限続きで体育があったりするんだ」
「へぇ。あ、のヤロー野球なんかやってら」
「ほんとだー。あれ、でもあのフォームってソフトじゃないの?」
休み時間に吾郎が窓の向こうを見ると、がマウンドに立っているのを見つけた。グローブをはめて、投球の準備をしている。
吾郎の言葉に、渡嘉敷と泉も窓際に移動してきた。マネージャーと言えど、自分達のチームメイトがプレイするのは気になるのだろう。だが、のフォームを見て、泉が言った。
「あぁ?ソフト?」
「うん、そうだよ」
「普通、女だけでやるんだったらソフトじゃねぇのー?」
「常識的に考えたらそうなるよね。ちなみに、差別じゃないよ」
「ふーん、のヤロー、ソフトも出来たんだな」
「みたいだね、フォームもさまになってるし」
「でも、俺の方がやっぱいい球投げるぜ」
「吾郎くんの球もそれなりにいいけど、ちゃんの球もいいよ」
「寿、お前の肩を持つのか?」
「一体何の話をしていたんだい、吾郎くんは。僕の記憶はリトルの時の球しかないけど、ちゃんの球は繊細なコントロールと思い切りを兼ね備えた球だったよ。あと、確かジャイロっぽいのも、投げてたかなぁ…。
そう思うと、此処ってジャイロボーラー人口比率が高いよね」
「へぇ、ってジャイロなんだ。言われたらそうだよね、ウチの榎本先輩もジャイロ投げるし、眉村とお前は言わなくても分かるだろ?で、入れたら四人か」
「渡嘉敷、前から思ってたんだけど、何での事名前で呼んでるの?」
「アメリカはファーストネームで呼び合うだろ?俺達がと会った時はまだ名字で呼ばれるのに慣れてなかったから。だから眉村だってって呼ぶぜ?」
「「「なんんか想像出来ないな」」」
「うっわ…三人で揃えて言うなよ」
渡嘉敷が若干引き気味になった時、パァン!と小気味いい音がグラウンドから聞こえた。目を向けると、がボールを投げた後だった。キャッチャー役の子が、驚いた顔をしているのが見えた。
『さん!?』
『言ってなかったっけ?あたし、実は小学校のときなんだけどリトルでピッチャーやってたの。野球とソフトは親戚だって言うし、たまにだけどソフトもやってたんだ。残念だねー、これであたしをこてんぱんに負かそうとしたのに、逆に負かされそうだよ?』
「の奴、何やってんだ?」
「っていうかあからさまな嫌味…」
「あーあ、ちゃんの癖が出た。あぁなるとちゃん、手加減しなくなるよ」
「そうなんだ」
「元々負けん気の強い性格だから。きっとアメリカで揉まれたから僕と吾郎くんが知ってる時よりもパワーアップしてるよ」
「「「分かるそれ」」」
第二球が、投げ込まれた。
そしてお遊びで始まったソフトは、の完全一人勝ちで幕を下ろした。放課後になり、学校指定のバス停に厚木寮行きのバスが到着する頃、大きな荷物を持ったが現れた。
団体行動よろしく、全員で昇降口に移動する。その近くには、泰造がでんと腕を組んで立っていた。
「あれ、早乙女トレーナーじゃん」
「あ、ほんとだ。泰造トレーナーだ」
「ちょっと」
「………何ですか?」
「千石くんから聞いたわよ」
「…何ヲデスカ」
「ちょっとなんで片言になるの」
「いやだって、お遊びだったし!」
「お遊びで百キロから投げる馬鹿が何処に居るの!」
「此処に居ます!!!!!」
「はぁ…、貴女自分の身体が「泰造トレーナー!!!」」
「あら、ごめん遊ばせ。兎に角、よく考えて行動なさいって事。じゃあね」
「ったく、なんで真人は告げ口しちゃうかな!」
「!「ごめんなさい!!!」」
「、今の話は?」
「吾郎には関係ないよ。皆も気にしないでよね!さー寮に帰ろ!」
妙に明るい声で、早くとせがむに誰もが聞けれなかった。
「はいはーい、タオルいる人ー」
「皆いるわよ!早く配んなさい!」
「はーい」
普段のだった。学校での泰造の話は一体なんだったんだろうかと思いながら彼等はタオルを受け取った(あの泰造が、動いたのだからは身体の何処かが不調なのだろう、と大体予想はつくのだが)。の事だ、今は言いづらいだけなのだろう。何時か話してくれるだろうと、彼女を信じて待つ事に決めていた。
「はい、眉村!」
「あぁ」
「はい、薬師寺で最後!」
「どうも」
「…二人とも、つれないなぁ。他の皆はありがとうとか言ってくれたんだけど」
「」
「ん?」
「ブラジャー見えてる」
「!!!」
眉村のむっつりスケベ!と叫びながらはベンチの奥へ走って行った。その後姿を見た眉村は、何時も以上に眉間の皺を寄せる。
「眉村、さっきの嘘だろ」
「それがどうした」
「なんだって嘘ついたんだ」
「、放課後から、少し可笑しかっただろう?」
「あぁ、俺も見たし」
「試してみた」
「は?」
「それだけだ」
「で、結果は?」
「部分的なものらしい」
訳がわからない、と薬師寺は内心頭を抱えた。話の主語が無い為、理解出来ないのだ。無表情のまま眉村はタオルで汗を拭った。その視線の先にはが居た。一息ついているに、静香が近付いてきた。
「、今日はもういいから兄さんの所に行って来なさい」
「…すみません監督。お言葉に甘えさせて頂きます」
「いいのよ。仮にもドクター志望なんだから、早く治しなさいね」
「だから静香監督、アスレチックトレーナーですって」
「いいから、早く行く」
「はーい」
軽く片づけをすると、はベンチの向こうに行った。
あとがき
書いた後に、ヒロイン嬢の過去よりもまままま眉村ーーー!と思った。自分で書いたのに(汗)
(20080213)