003.同じ空の下で生きる僕ら

 厚木のバス停にバスが到着した。出口から三人の少年(体格だけは青年の域に入る)と、一人の少女が降りた。強い日差しに気付いた少女は、被っていた帽子を改めて深く被り直した。

「確か、今日は夢島組との歓迎試合なんだっけ?」
「そんなん、あった?」
「あった、あった。だからあたし達一軍の試合終わったら直で帰ってくるように言われてたんじゃん。ねぇ、眉村?」

 よいしょ、とスポーツバックを肩にかけた少女は、鋭い目つきが印象的な少年に言った。問われた少年は「よくは分からないが」と前置きをしてそうだと返す。

「あ、、何処に行くの?」
「管理人さんに帰って来たって報告。アンタ達は先に監督の所に行っててよ。後市原、着替えてから行くから少し遅れるって静香監督に言っててくれる?」
「いいけど、なるべく早くしてよ」
「分かってるよ。じゃあ、後で」

 は駆け足で宿舎に入って行った。市原は、仕方ないなぁと言いながら歩き出す。先頭をきって歩いているのは眉村だ。その後を面倒だと言わんばかりに最後の一人が歩き出した。

 エントランスに入ったは、窓をコンコンとノックして開ける。「こんにちはー」と挨拶をしたら奥から管理人が出て来た。

「お疲れ様ですー。今、眉村、市原、阿久津、、以上四名帰ってきました」
ちゃん、お疲れ様。一軍の試合はどうだったかな?」
「もう、最高!改めて此処は此処の技術力が高いなって実感したよ。
 まぁ、マニュアル野球は正直つまんないんだけどね」
「マニュアルだからこそ、うちは強いんだ」
「それは知ってるよ。マニュアルだからって自分らしいプレイが出来ないわけじゃないし。皆かっこよかったし…って、ごめんなさい。あたし監督の所に行くんだった」
「今、夢島と特待生組が歓迎試合をやってるよ」
「うん、帰って早々だけどマネの仕事があるんだよ。きっと」

 はそう言うと、管理人にぺこりとお辞儀をして階段に向かって歩いて行った。制服ではマネージャーの仕事は出来ない為、ジャージに着替えるのだ。
 床をローファーでコツコツと鳴らしながらは階段を駆け上がる。
 二階の監督の私室の隣が、の自室になる(なんせ此処には男しか居ない為の特別措置なのだ)。ポケットから鍵を取り出して開けて、ガチャリとドアノブを回す。むっと蒸し返すような空気が部屋の中から漂って来た。
 「あっつー」と言いながらも部屋の中に入り、閉めていたカーテンを開けて窓を開ける。そして、そのまま制服を脱いでクローゼットから部活用のジャージを取り出した(と言ってもただのティーシャツと小豆色のジャージだ)。
 本当ならばシャワーを浴びたい所だが、時間に余裕があるわけでも無い為濡らしたタオルで我慢するしか無い。素早くタオルで身体を拭いて、服を着ると部屋を出て行った。

 途中、色々な部屋に回って小物をスポーツバックに放り込んで寮を出て行く。勿論、エントランスを通り過ぎる時には「行ってきますねー」と管理人に挨拶だ。
 隣にあるグラウンドに行くと、賑やかな歓声が聞こえた。
聞き覚えのある声ではない為、きっとこの声が夢島組なのだろうとは思った。










「あ、特待生のベンチどっちか知らないや」

 まぁいいや。と呟きながらは適当にベンチの中に行く。出来れば特待生のベンチに行きたかったのだが、勘が外れた。

「なんや。此処って、関係者以外は立ち入り禁止やなかったか?」
「何言ってんのさ三宅。当たり前じゃん」
「じゃあ、あの子は?」

 入り口の側で「あちゃー」と言っていたに気付いたのか。大阪弁を喋る少年(くどいようだが、体格は少年ではない)が近くの小柄な少年に言った。

「部外者じゃありませんよ。ただ行くベンチを間違えただけなんで。
 ―――――初めまして。夢島組の皆さん。あたしは二軍マネージャーを勤めさせて頂いているです。よろしく「じゃねぇか!!!」」
ちゃん!?」
「はい、そこのバッテリー黙んなさい。そろそろスポーツドリンクが無くなると思うからこれとこれを入れて冷やしてね。じゃあ」

ー遅いよ!』

「ごめんなさいー静香監督!あと、眉村と市原と阿久津!……はいいか。ユニフォーム持ってきたから早く着替えておいで!」

 バッテリーと略された二人は唖然としながらの行動を見る。そしてマイクを通して静香が言った言葉が頭の中をぐるぐると回る。
 それでは、皆さん頑張って下さいね。と言ってグラウンドの端を走るを目線で追った。一軍ベンチへと入ったは「皆ただいまー頑張ってるー?」と言いながら薬師寺の隣に陣取って座ろうとしている。薬師寺は「あんま近寄るなよ」と言っている。「なんでよー」とが言い返すと薬師寺は「俺等、汗かいてるから」と言った。

「茂野、佐藤、お前等あの子の知り合いか?」
「幼馴染だよ。
 高校に入る為にこっち戻ったって言ってたけど、吾郎くん知ってた?ちゃんが海堂に入学したの?」
「そりゃこっちが聞きたいね。なんでアイツがあっちで特待生と仲良くしてんだよ。俺達にゃ素っ気無い事言って」
「……吾郎くん、ヤキモチ?」
「違う!寿だってそうだろ?」
「ま、僕も違うとは言い切れないけど」

 夢島組のベンチで、吾郎と寿也は三宅に質問されつつ千草について話し合う。それでも、何故彼女が此処に居るのかは分からなかった。
 ふと彼女を見ると、静香と話をしていたのが見えた。静香がマイクを通して喋っているため、会話は駄々漏れだ。

『で、一軍の試合はどうだった?』
「そう言われましても。ベンチに居る間中ずっと、直樹にくっ付かれてぶっちゃけそんな試合所じゃないですよ。まぁ、要所要所はしっかり見てきましたけど」
『ほんと。は榎本くんに気に入られちゃったねーなんで?』
「そんなのこっちが聞きたいです。で、監督、今どうなってるんですか。
 阿久津はあんな所に居るし、渡嘉敷はヒィヒィ言ってるし。何やらせたんですか」
『やぁねぇ、そんな怖い顔して。渡嘉敷くんにはちょっとマウンド立って貰っただけよ』
「アイシングの準備して来ますね」
『ちょっとーー怒らないでよ』
「別に怒ってなんかいませんよ。適正が外野手の選手に、昔ピッチャーやってたんでしょ的なノリでやらせて。きっと外野の練習しかしていないんで、疲労は激しいですよ。彼」
『むー…今度からはそれも考えとくわ』
「よろしくお願いしますね。静香監督」
『はーい』

 にっこりと笑うに、静香は少し引きながらあははと乾いた笑いをしている。監督とマネージャーという関係の筈だが、上下関係が逆に見えた夢島組一同は口には出さないがお互いを見合って安堵の溜め息を吐いた。そう思ってしまったのは自分だけでは無かった、と。
 まさか自分が彼等の話題に上がっているとは露知らず、はベンチの奥に引っ込むと、直ぐに何かを手にして戻って来た。
 渡嘉敷の肩を叩いた千草は、二言三言会話をすると頷いて手に持っていたそれを広げ始めた。
 それがアイシングだと気付いたのは、不満顔の渡嘉敷がアンダーシャツも脱いでからだ。
えぇ!と夢島組が驚いて見る中、は器用に渡嘉敷の肩にアイシングをしていく。それから背中に回り何かし始めた。時折渡嘉敷の顔がしかめられる。「痛ぇ!」と言いながら。

「茂野、佐藤、お前等の幼馴染、一体何者や?」
「僕達が覚えているのは、リトルリーグをやっていた時だけだよ」
「で、なんであんな事やってんのや?」
「寿は知らねぇのか?リトルの監督からとか聞いたりとか?」











『君達何こそこそしてるのー?あ、もしかしての事話してるのかなぁ…?』

「なっ別に関係ねぇだろ!!!」
「ちょっと吾郎くん!」

 突然聞こえてきた静香の声に、驚いたは思い切りツボを押してしまった。渡嘉敷は悲鳴を上げる。慌ててはそのツボを擦った。

「あぁ、ごめんトカちゃん」
「ごめんじゃないよ!痛いじゃん!」
「だからごめんって言ってんじゃん」
「ねぇ…なんとも思わないの?アレ」
「べっつにー。君達も初めはあんなんだったし。知らなかったでしょ。あたしが目指してたもの。ま、正確にはドクターじゃなくてアスレティックトレーナーなんだけどね」

 マッサージをしながら、はあははと笑う。こんなのでいいのかなぁ思い切り不安ですと薬師寺に訴えるように見詰める渡嘉敷を、薬師寺は視線を合わせないことで気付かない振りをした。
 暫くマッサージを施したは「うし」と一言。

「無理はしないように。後試合が終わったらアイシングをちゃんとするように」
「ありがと
「どういたしまして。これがあたしの本業ですから。あ、マッサージは泰造さんにしてもらってね」

 さて、とがベンチの外を見ると向こうのベンチ――夢島組――から異様な視線を感じた。大方その根源は吾郎か寿也辺りだろうと予想を立てると、気付かない振りをしつつ氷タオルを取り出した。そろそろ特待生組の守備だ。この天気なら守備の間タオルを出していても温くはならないだろう(寧ろ丁度いい感じになるに違いない)。
 静香のアナウンスが、夢島組の攻撃だと言った。

あとがき

再び再会。ヒロイン嬢は特待生組とちょう仲良しです。

(20080205)