「有川、顔色が悪いぞ」
「先輩、春日先輩には」
「望美ならとっくに気付いている。もうそろそろ来るんじゃないのか」
パチパチと燃える灯りが揺らめく。陣営を敷く源氏の兵達は、今か今かと大将の合図を待っている。その大将は、弁慶達と最終の軍議を行っている。どう攻めるのか、達もそれを待っていた。達の知る歴史では、勝ち戦になるこの戦。だが、異なる点が多いこの世界では果たしてそれは事実となるのか。
「譲君、。九郎さん達が呼んでるよ」
「分かった、直ぐ行こう」
「それと、譲君、顔色悪いけど大丈夫?」
「……大丈夫です。最近、少し夢見が悪いもので。でも大丈夫です。戦に支障はありませんので」
譲はずれた眼鏡を押し上げながら言った。だがその声は心なしか疲れているように感じ。望美は心配そうな視線を譲に送った。
「望美は先に行け」
「え?」
「いいから、九郎殿を待たせてあるんだろう? ちゃんと行くから先に話を進めておいてくれ」
「は」
「後から行く。心配するな」
望美の背中を押して、はひらひらと手を振る。望美は首を傾げながら「先に行ってるよ」と言って歩いて行った。その背中を見ながら、「心配か」譲に視線を向ける事無く言った。
腰に添えた剣がカチャリと音を鳴らす。
「わたし達の歴史は、源氏軍の夜襲で勝利を得る。だが、それで油断はしない方がいい。それはお前も分かっているだろうが」
「…そうですね」
「――――有川、お前は望美を守る事だけに集中しろ。お前達に降りかかる火の粉はわたしが払う。どんな場面であろうとも、な」
「……俺のプライドは何も考えていないんですね」
「何を言う。お前の武器は遠距離専門だろうに。それ――弓――で近距離戦闘をされたらかなわんからな。それはわたしの役目だ。……、いいか。望美に、ひとを斬らせるな。それはわたしが背負う」
「先輩だけ背負わせる事はしません。俺も、戦に参加すると決めた時点で覚悟はしています」
「わたし達は甘いな」
「えぇ、そうですね。この期に及んで先輩には人を斬らせるな、なんて」
「仕方なかろう。望美は龍神の神子だからな。本来なら神子はわたし達に守られるべき存在だ。望美まで、戦場に出る必要はないのだ。その為にわたしが居るんだから」
パチパチ。空気を取り込んだ火が爆ぜる。
「先日、嵐山に行っただろう? その時、星の一族からわたしの役目を聞かされてな。納得した。四神の神子――わたし――は龍神の神子の添え星なのだ」
「だから貴女が先輩の変わりに人を斬るんですか」
「龍神の神子は清らかな存在であるべきだからな。――――さて、そろそろ行かなければ。九郎殿達が待ちくたびれているだろう」