舞台を降りた二人は、まず法皇の御前に連れて行かれた。
何か粗相でもあったのかとは思い、また何か注文されるのかと望美は警戒して、法皇の前に立つ。「頭を下げぬか」と傍付きの貴族が眉を寄せて言ったのだが、法皇は「濡れておるからの、そのままで良い」と言って二人の好きにさせた。
そして法皇の口から出た言葉は、褒めの言葉だった。誰も降らせる事の出来なかった雨が降った。素晴らしい舞だったと。(素晴らしい云々はリップサービスだと思うのだが。)
「ところで、九郎。この二人のどちらか、譲ってくれまいか」
二人の側に控えていた九郎に、薄く笑みを浮かべる口唇を扇で隠した法皇はいけしゃあしゃあと言ってのける。
「法皇様、この二人は白拍子ではない事をご存知でしょうか?」
内心、何を言い出したのか胸をドギマギさせている九郎はそれを悟られないように、言葉を返す。白拍子ではない事を承知の上で彼女達を舞台に上がらせたのは法皇自身だろうに。何を言い出すのか。
「分かっておる。それを承知の上じゃ」
望美はこの時、このジジイは何を言っているんだろうと思っていた。呑気な望美とは逆には何血迷ったことを抜かしやがると罵詈雑言を吐いていた。
「では何故、」
「今まであのような舞は見た事が無かった。だから、側に置きたい。何、玉でも何でも欲しいものは気にせずとも全て揃える。案ずる事は無い」
「――――お言葉ですが」
黙っていたが口を開いた。
「譲る、それは、法皇様の側女になるという事でしょうか」
「バッ――――」「?」
「側女になるという事は、その言葉そのものと意味を受け取っても?」
「不満か?」
「まさか。法皇様の側女になると言うものは、至極名誉な事だと見受けますがわたし如き小娘には勿体無きお言葉。そのお言葉を頂けただけでわたしは十分でございます」
深く腰を折ったに、望美がキョトンとした表情を向ける。そして相変わらず九郎の心の中は穏やかでは無かった。
「望美、どうかしたのかしら? 遅いから様子を見に来たのだけど……」
「あ、朔」
「望美と言うか。そなたは、どうじゃ?」
「申し訳ありません。法皇様、この娘は俺の許婚であります故に、お譲りする事は出来ません」
「……なんと。九郎の許婚であったか」