海神の方舟に乗って


02.呼ばれるのではない、呼ぶのだよ

02.呼ばれるのではない、呼ぶのだよ

 からからと、太陽は今も翳る事無くサンサンと照っていた。屋根があるとは言え、暖かな春の日差しを長く当たっていると、軽く額にじんわりと汗が浮かぶ。先程から何人もの白拍子が雨乞いの為の舞を披露しているが、太陽は未だ雲に隠れる事無く照り続けている。
 それもそうだろう。龍神――白龍――は望美の隣を陣取り、ぽやーっとその白拍子の舞を見物しているのだ。この様子では雨が降ることは無いだろう。

「雨、降らないね」

 景時が舞台の白拍子の舞を見ながら言う。弁慶がそれに頷いた。

「彼女達の舞いは、龍神を動かすまでいっていないようですね」

 向かいの席では、貴族達が退屈そうに扇で隠して欠伸をしている。彼等から見ても、今舞台に上がっている彼女の腕はよくないのだろうか。は内心小首を傾げる。
 武道を嗜み丸みを帯びた動きを苦手とする彼女にはどの舞手も素晴らしく思えるのだろう。

「何故でしょうか。わたしにはどの舞も凄いと思えるんだが…」
「でも、白龍には届いていないようですよ」

「――――望美、朔殿、、」

 席を離れていた九郎が戻ってきた。その表情は硬く「済まないが」と次の言葉を言った。
 一緒に来てくれないかと言われて向かったのは後白河院の目の前。後白河院は望美達三人を値踏みするように目を細めてジッと見た。その視線には内心で眉を寄せる。

「ふむ……そなた等、舞は舞えるか」

 突然何を言い出すのだろうか、と三人は思った。
 よくよく後白河院の言葉を聞くと、どうやら龍神に届くほどの舞手がおらず、このままでは雨乞いの儀式は失敗に終わってしまう。だが、それだけはなんとしても避けたい。力を貸してはくれまいか、という事だ。
 その言葉に、真っ先に返事をしたのは朔だった。

「私は尼僧です。人前で舞は舞えません」
「それはそれは…仕方ないな。そなた達は舞えるのか?」
「わたしも、申し訳ありませんが、謹んで辞退させて頂きたく存じます。わたしのような若輩者が、このような場に出るのは余りにもおこがましいと言うものでありますから」

 深々と頭を下げては言った。一応、舞えるには舞えるが、それも素人の域を出ていない。そのような実力では源氏に恥をかかせるし、何より実力も無い自分が人前で舞う事自体、ありえない。

「っ」

 九郎が非難するような視線を向ける。

「九郎殿、わたしは源氏に恥をかかせたくないのです。すみません」
「……そうか、」

 小声では九郎と会話を交わす。
 後白河院の視線は望美へと向かった。

「それでは、そなたはどうじゃ?」
「え? あの…一応、舞えるには舞えますけど……」
「ならば、舞ってはくれぬか」
「……も、一緒に舞ってくれるなら」

「…………え?」
「お願い! 私一人じゃ心細いの!」
「わたし、扇を持って舞うタイプは苦手なんだが」
「じゃあ剣持っていいから!」
「剣舞は舞えない」
「お願い! 扇の舞をアレンジすればいいじゃない!」
「そもそも、複数の舞手が舞うものでそれぞれ違う物を持って舞うものは見た事も聞いた事もない」

「舞ってくれるのであれば、多少の事は目を瞑ろう」

「ほら、法皇様もそう言ってくださってるんだし!」

 望美は必死だった。


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