海神の方舟に乗って


02.呼ばれるのではない、呼ぶのだよ

02.呼ばれるのではない、呼ぶのだよ

 その日、望美達は法住寺へと訪れていた。目的は九郎に面会する事。そして、源氏軍に従軍する事。と譲は、望美に反対の意を唱えていたが、それは反映される事無く、この日を迎えた。裏で弁解が望美を九郎の元に叩き付けたのではないか、と思ったのだが、そうしている様子は一切無く、これが望美の意思なのだとこれ以上言っても無駄だと悟った。
 源氏の、棟梁頼朝の名代として後白河法皇の元へ訪れていた九郎は、一行の姿を目に捉えて眉を潜めた。この世界に来て日が浅い、望美、譲、達なら兎も角自分がこの場所に来ている理由を知っている弁慶や朔までもが望美に付いてきているのだがら、彼の機嫌は益々悪くなった。

「九郎さん!」
「お前達……何か用か」
「お願いします! 私を戦に連れて行って下さい!」

 望美の真っ直ぐな視線に、九郎はそれが生半可な決意ではないと悟った。が、否と返答をした。

「どうして? 何故ですか?」
「まずは、お前が女だからと言うのが一つ。次に、お前が戦場で生き残る力があるとは俺には思えない」
「女だから、なんです? 女だから戦えないと決め付けないで下さい。戦えると言う証拠が欲しいのなら、九郎さんは私が何をすれば戦えると認めてくれますか?」
「…分かった。なら、場所を変えよう」

 そして、一行は神泉苑へと移動し始めた。
 道中、九郎に近づいたは小さく謝罪の言葉を口にした。

「すみません、九郎殿。望美、こうと決めたら譲らない性格なもので。まさか、望美が法住寺まで押しかけるとはわたしも、思わなくて」

 歩きながら九郎を視界に入れず、は続ける。

「望美はまだ分かっていないんです。戦場に立つという意味を。だから、九郎殿、遠慮は必要ありません。コテンパンに叩きのめして下さい」
「お前は、反対のようだな」
「当たり前です。わたしだって、戦場に立つという意味がどんなものだか、知りません。だけれど、わたしは武道を嗜んでいる身として人を傷つけると言う意味は理解しているつもりです。わたしは、元の世界では歩く凶器でしたから」
「歩く凶器?」
「わたし達の世界では、段級位制って言う制度があって、技量の度合いを表すための等級制度なんだけど。それを持つという事は簡潔に言うと武器を持たずに人を傷つける実力を持っているって言う証拠なんだ。わたしも、剣道と空手でそれ持ってるんだけど、だからかな。なんとなくだけど、戦場に立つ、人を傷つける…少しだけ分かる気がするんだ」
「そうか」

 九郎はそう一言だけに返す。その後、だが、と言葉を続けた。

「俺は望美の気持ちが分からない事もない。俺は父上を平家に殺された。その時、俺は無力な赤ん坊だった」
「知ってます。九郎殿は、わたし達の世界にも居ましたから。わたし達の世界の九郎殿とは、全く似ていませんが、根本的な生い立ち等は同じだと思いますよ」
「変な話だな」
「そうですね。だから、わたし達の世界で兄、頼朝の力となる為に九郎殿が挙兵したのは有名です。…まさかあの源義経がこんなに背が高くて、うねった長髪をしているとは思いませんでしたけど。まぁ、事実と言い伝えられる事は違いますから、構いませんが」
「俺もそうだ。兄上の力となり、平和な世の中を作る為に挙兵した」
「そして今に至る。九郎殿って、凄いですよね」
「何故だ?」
「誰かの為に、一生懸命になれる所が。九郎殿の美徳の一つですよね。でも、だからって、望美を甘やかさないで下さい」


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