海神の方舟に乗って


02.呼ばれるのではない、呼ぶのだよ

02.呼ばれるのではない、呼ぶのだよ

 ぎゃいの、ぎゃいの。
 いい年こいた男女が、人目も憚らず言い合いをしている。白龍なんぞはとうの前に離脱して、ぽけーっと望美と九郎を眺めている。「神子、格好良い」「……(何処が!?)」こりゃ、誰かが止めなければ延々続くんだろうなと思い始めたその時、新たな声が割って入った。

「そこまでにしましょう、九郎」
「弁慶殿、」
「朔殿、無事でなによりでした。あんな事言ってる九郎ですが、朔殿の事が心配だったんですよ。それと、見慣れない方達ですね。朔殿を助けて頂いたとか、本来ならば僕達が守らなければいけない所です。ありがとうございました」

 二人の口喧嘩を止めたのは、全身黒ずくめの青年だった。その顔には微笑みを浮かべ、九郎の隣に立った。

「え? あ、いや……あの、私のほうこそ、なんか…つい、カッとしちゃって…あの、……すみません」
「いえ、どうせ九郎が吹っかけてきたんでしょう?」
「何を言う弁慶」
「そう言えば、自己紹介をしていませんでしたね。僕は武蔵坊弁慶と申します。此方の仏頂面をした堅物は、」
「名なら自分で名乗る。九郎だ。源九郎義経」

「あ、私は春日 望美と言います。で、こっちが後輩の有川 譲君と友達の ちゃん。あと、白龍です」
「有川です、よろしくお願いします」
「と申します。どうぞ、よろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いします。それで、さっき龍神の神子と言っていましたね」
「そうです、弁慶殿。望美は私の対、白龍の神子ですわ。封印の力も発現していますから、間違いないです」
「と、朔殿は言っていますが?」
「え? あー…龍神の神子かと聞かれたら、正直まだ分かりませんけど、封印が出来るのは確かです」
「神子は神子だよ」
「と、白龍も言っていますし」

 曖昧に言葉を濁す望美に、弁慶は柔和な笑みを浮かべたまま「そうですか」と答える。

「それよりも弁慶、これからこいつ等はどうするつもりだ。俺は戦場に戦えもしない女子供を連れて行くつもりはないぞ。朔殿も、此処まで連れてきてなんだが、これ以上は連れてはいけない」
「そうですね。此処も安全とは言い切れませんから。…平等院まで戻れば、平気でしょう」
「ならば、弁慶。お前はこいつ等を平等院まで連れて行ってくれないか」
「そうですね、分かりました。皆さんも、それでいいですよね?」

「あ、はい。弁慶、さんが私達をその、平等院? とやらに連れて行ってくれるんですよね」
「えぇ、そうです。今日中に戦も片がつきますから、一晩そこで過ごして頂きますが」
「分かりました。譲君も、も大丈夫だよね」
「と言うか、望美さんやわたし達にはそれしか選択肢は無いと思うんだが。まさか、何も言われなければ九郎殿に付いて行くつもりだった?」
「……そ、そんな事無いよ」
「…………(先輩…ハァ)」
「好奇心旺盛なのは良いけれど、TPOを考えようね。弁慶殿、護衛と案内、よろしくお願い致します」

 一行は、弁慶を加え橘姫神社を後にした。

「あ、そうそう。望美、平等院の事なんだけどね、10円玉の絵柄になってる建物だから。分からなかった?」
「え? そうなの? 10円玉の?」
「先輩…それくらい覚えていて下さいよ……」


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