04.お姫様を守るナイト











 邸を飛び出したは、懐から呪具を取り出した。呪具と言ってもそれは簡易な物で、彼女が何時も愛用しているダウジングのようなだ。を追い掛けて来た鷹通は、糸の先に重石が繋がった一見ガラクタのようなそれを見て、眉を顰めた。

「鷹通さん、何でそんな顔すんのさ」
「そのような物で先を行ったあの人達を見つける事が出来るのでしょうか?」
「出来るからやってんだけどなぁ〜あはは」

 は笑いながら重石を振り回した。満面の笑顔でやっている為、わざとやっているのが手にとって分かる。鷹通は危なげにそれを避けながら、失敗した、と心の中で呟いた。

「鷹通さん、貧乏ゆすりが激しい。貧乏になっちゃうよー」
「貴女のせいですっ!」

 鷹通に向かって投げつけられる(そりゃあ力の限りに)重石を器用に避ける。文系(引き篭もり)タイプな彼にしてはが感心するくらいの動きで。その証拠に、表情は必死だ。
 原因である本人は、あははーと笑いながらも未だ鷹通に向かって投げて遊んでいる。
 その時、覚えのある気配がした。鷹通は勿論、詩紋や永泉が認めたくは無いものの気配を。死者の嘆きと哀しみの溢れた、負の感情を丸出しにしたそれ。どす黒く蠢くその怨霊を間近で見たと鷹通は慌てて臨戦態勢になった。

「あーもう、鷹通さんのせいで向こうがあたし達を見つけてくれちゃったじゃなうですかー」
「それは私だけのせいではないと思うのですが」
「ってかさ、これ、どうやって戦えばいいと思う?」
「そんなもの知りません!
 ―――――陽光天浄っ!」

 の言った通り、それはかつては人だったのだろう。ぼろぼろになった鎧が、ガシャンと鳴ったから。鎧に見覚えの無い(というか見たことも無い)鷹通にとって、得体の知れない相手(つっても怨霊)との戦闘は神経を使うだろう。はダウジングの先を鎧に向けて力の限り投げつけた。

「縛縛縛 不動縛!」

 そして、怨霊を真正面から見て言う。空いている片方の手で剣印を作り、声高らかにして言う。

「ええ加減…浄土へ行けっつーの!
 ナウマクサマンダ バサラダンカン、ナウマクサマンダ バサラダンカン、ナウマクサマンダ バサラダンカン…臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 裂! 在! 前!」

 動きの止まった怨霊は逃れようともがくがの真言の方が弱冠早かった。九字を切るに、鷹通は驚きの色を隠せない。

「うーん…これじゃあ追っ払う事しか出来ないのかあ。あかね、連れてきた方が良かったかなぁ? ねぇ、鷹通さん?」
「そうですね。我々だけでは力を弱めることは出来ても、封印は出来ませんからね」
「だよねー。ぶっちゃけ言うとねー、あたしまだ調伏しか出来ないんだよねー」

 力技であの世に強制送還しか出来ない陰陽師なんだー、とは言いながらダウジングを続ける。そこへ泰明が放ったのだろうか。式神が飛んできた。ツバメのように早く、だが、その見た目は小さなひな鳥。それはの手の平へと降りた。ポン! と軽快な音がしたら、ひな鳥は小さな小人に変化していた。
 ハニーブラウンの金髪を、ポニーテールにしてまとめ(ポニーと言っても、片方の耳の上あたりにそれはある)瞳は赤と金のオッド・アイ。日本人離れしたその容姿。

「お疲れ、太陰」
『清明からの伝言よ。朱雀門に行け、だって』
「そこに彼らは居るんだね。鷹通さん、そういう事なんで、行こうか」
殿、彼女は?」
「あぁ、清明の式の十二天将。風を操る少女、太陰って言うの。
 なんでかあたしと彼女は息が合ってね、清明があたしにつけてくれてるの」
『清明から話は聞いてるわ。アンタが天の白虎ね。白虎からも少し話は聞いてたけど、ほんと、見た目どおりの堅物のようね』

 太陰がそう言った瞬間、鷹通の眼鏡がキラリと光った。









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 あぁ、なによこの空気。気持ち悪いったらありゃしない。
 あたしはそう思いながら、足を進める。隣には、鷹通さんが居る。彼はいつ何時襲われてもいいようにと、懐にしまっている小刀を絶えず手に持っていた。そんなんじゃぁ、緊張していざって時に使い物にならないかもしれない。

 清明から言われた通り、あたし達は朱雀門に向かって歩いている。いや、もう直ぐ到着する。近づくにつれて感じるこの嫌な空気。肌を伝う嫌悪感。全てが、気持ち悪い。

「…何やら不穏な空気が感じられますね」
「そりゃそうでしょうよ。人の負の念が凝縮された悪しき魂の怨霊が居るんだから。にしても、量が少し多いねこれは」

 あの人達だけで対処出来るのかな。まぁ白龍の神子――望美――がくっ付いて行ってるから大丈夫だとは思うんだけど。も居るし。でも、これは助太刀した方が良さそうだね。
 軽く見積もって一人当たりのノルマが四体くらい。これは骨が折れるんじゃないのかな。あたしは腕を組んでそれを見た。そして、口元を軽く曲げて「お手伝い、してあげようか?」と、あたしは言った。









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「多分、此処が朱雀門なんだろうな」

 将臣はそう言うと、武器を手に取った。あたしも望美も、各々の武器を手に取る。

「将臣、此処は金の気が強い。油断しないでよ?」
「わかってら」
「将臣くん、、行くよ!」
「ノルマは一人四体ね! 達成できなかったら、望美の手料理を残さず食べる事!」
「ちょっと! なによそれ!!!」

 あたしは望美の反論に「自覚無かったの?」と返して、正面に居た怨霊に鉄扇を投げつけた。続けざまに回し蹴りをくらわせ、火属性の術を使う。(怨霊の属性に関係なく土地の関係上、術は普段以上の力を発揮した)
 灼熱地獄を味わう怨霊を放置して、次の怨霊に踵落としをする。メキョ、と嫌な音をして怨霊の頭と胴がさよならした。案外もろいのな、こいつら。首無しになっても胴体だけは動いてるけど。
 軽いホラーになった怨霊その二に止めをと思ったその時「お手伝い、してあげようか」と誰かが言った。

「貴女は…さんと…藤原さん?」

「なーに馬鹿面晒してんの。ちゃっちゃと片すよ」
殿が突然声をかけたものだから驚かれているんですよ。
 私も、微力ながら助太刀致します」

「神子は封印の準備をしといてよ。太陰、よろしく」
『任せといてよ』

「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン…揺るぎなき守護者不動明王よ、憐れなその魂に救済を与え給え!」

 弁慶から聞いた事があった。あれは確か、不動明王の真言だった筈。あたしはあれを聞いて不動明王呪を覚えることを諦めた覚えがある。だって、あれは絶対下噛むって。
 それを彼女――――は途切れる事無く言い切る。一気に。息継ぎなしで言うなんて、どんだけ。

「つーか関心してる場合じゃないってあたし! 望美、封印!」
「う、うん。分かった」

「廻れ! 天の声」「彷徨えるものよ」
「響け! 地の声」「仄暗い水底を漂うものよ」
「彼のものを、封ぜよ!!!」「今こそ、輪廻に還るがいい」

 爆発的な力の奔流。髪の毛が逆立つ。あたしはそれを身体で感じながら、静かに瞳を閉じた。
 閉じた瞼の向こうに暖かな光を感じたら、瞳を開ける。そこにはもう何にも無かった。何事も無かったかのように、佇む朱雀門だけがあった。

さん、さっきのは?」
「あぁ、さっきのは不動明王呪。こう見えても、一応陰陽師見習いなの、あたし。ってか同い年なんだし、あたしにさん付けなんて必要ないよ」
「そうなの?」
「様々な事情がありまして、現在高一の17歳だからね、あたし」
「なんだ、お前留年(ダブリ)か?」
「ダブリ言うな、落ち武者」
「落ちっ!」

 さん、いや、が将臣に向かって落ち武者と言うのは、それは将臣が日頃髪の毛の手入れを怠っているからなんだろうなと思いながら、二人のやり取りを聞いていた。(なんかあたしと将臣とのやり取りに似ているような気がする)