05.答えの色は塗りつぶされていた











 その時、空気がピシリと歪んだ。は目を見開いて、空を見上げる。、望美も然り。同じように空を見上げては、形の良い顔を歪めている。

「―――――やばい、ね。これは」
「うん、そうみたいだね。は、分かる?」
「残念ながら、あたしにも検討がつかないね。少し時間をくれるなら、占いとかやってみるけど?」
「それじゃあ、時間がかかるよ。……………これは…リズ先生の気配と、似ている?」

 がそう呟くと、空から光るものが落ちてきた。その光の眩しさに一同は反射的に目を閉じた。全体的に負のオーラが当たり一面を漂う。

「やっと来たのかい? 遅かったねえ。
 初めまして。未来から来た龍神の神子? お館さまからの伝言を、伝えに来たよ」
「やっぱ、アクラムの仕業だったんだ」
「アンタは黙ってな、時空の神子。アンタにゃ用はないんだよ」

「私達に、何か?」

「こっちの龍神の神子と違って、随分と聞き分けのいい子だねえ。
 それじゃあ、本題に入ろうか」

 シリンの手から、黒く蠢く石が望美に向かって投げられた。同時に道の端から怨霊達が達に襲い掛かる。背中合わせの臨戦体制をとった彼らの向こう、怨霊の向こうから女――シリン――の笑い声が聞こえた。「まずは本当に龍神の神子か確かめさせてもらうよ!」と言った。
 その直後、キィン! という鋭い音と断末魔の叫びが重なった。望美の気合と共に剣が空を斬る。

「一気に倒すよ! 皆!」

 その掛け声に、その場に居たや鷹通までもが返事を返した。懐から取り出した脇差を持ち、鷹通は術を使おうとするが、将臣や望美たちは自ら怨霊に突進していっている模様。飛び道具や術を主とすると鷹通は彼らのバックアップに回る事にした。(下手をしたら彼らに当ててしまうかもしれない、と思ったのだ)

殿、我々は補助に回りましょう」
「分かってるよ。いいなァ、あたしも暴れたい!」

 そう言いながら、望美たちの間を縫うようにワイヤーを操る。「急々如律令!」と言うと怨霊は身をよじりながら地面とキスをした。その怨霊を、が止めを刺す。暫くそうして怨霊の力を弱め、望美とは封印の言葉を唱えた。
 怨霊という壁がなくなり、シリンと望美たちの顔がハッキリと分かるようになった。何時ものように怨霊を封印されて、悔しがる表情を見せるだろうと思っていたに、シリンのその表情は予想外だった。

「ふぅん…力は、確かなようだねぇ。寧ろ此方の神子よりも勇ましくてアタシは好みだよ…。でも、またなんでお館さまはアンタみたいなのを召喚したんだろうねぇ」

 シリンのその台詞に、望美は驚きの声をあげ、は苦虫を噛み潰したような表情になった。だが彼女はそのような事はお構い無しに紅の塗られた口唇が動く。「でも、ま、アンタみたいな力の強い神子を呼んだ事で、此方の神子は……ふふふっ」楽しそうに弧を描く口唇。はもしかして、と思い始めた。

「元宮さんに、何か、したの?」
「それを言ったらお終いじゃないか龍神の神子」
「私達を元の時代に帰して」
「無理な事を言うんじゃない。聞き分けの無い子は嫌いだよ」
「最初から嫌いなくせに、よく言うよ」

「――――フンッ!」

 整った顔を歪めて、シリンは穏形して消えた。残されたのは、怨霊と暴れまわったせいで発生した砂埃だけだった。









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「さっきは、ありがとう。さん」
「サンキュ、助かったぜ」

 剣を納めた神子と、有川(兄)(多分)があたしに言った。どうだか。だって、あたし殆ど手伝ってないもの。まぁ、不意打ちで襲ってきた怨霊をその背後からぶちのめしたりはしちゃったけれど。お礼を言われるようなことはやっていないのが事実だと思う。

「アクラムの召喚と、シリンは言いましたよね?」
「うん。ったくあんの仮面め! また面倒ごとを押し付けやがって!」
「先日は、シリンが神子殿に化けましたからね」
「ウザいったらありゃしないよ」

 そう鷹通と言い合いながら、あたしは懐から紙を取り出した。ふ、と息を吹きかけるとそれは鳥に変わる。空に向けて手を伸ばせば、鳥は大きく羽ばたいて目的の場所へ向かって行った。

「あ、飛んで行っちゃった」
「式神だから」

「泰明殿へですね、殿」
「ま、ね。取り敢えず、終わったって報告と、もう直ぐ帰るって知らせておこうと思って。アンタ達も、今日は大人しく帰って休んだ方がいい。この時代、夜は出歩かない方がいいよ。まぁ、アンタ達は大丈夫だと思うけれどね」

 神子も八葉も、大人しく服をひん剥かれるとは思えないから。こっちよか肝っ玉あるし。なんでウチの八葉には豪快な奴が居ないのだね。「ほら、行くよ」と言って鷹通を引き摺りながら歩き出す。「あ、うん」神子が返事をして後ろを付いて来た。
 この場所から、土御門殿はそこまで遠い距離じゃないし。そこまで時間も経ってないから任せた話し合いもそこまで進んでいないだろう。
 門の近くまで帰った時、神子の方を向いた。神子が小首を傾げながらあたしを見た。

「あ、そうそう。帰ったらちゃんと穢れ、払っておきなよ」
「え、どうして?」
「どうしてって、アンタ達、自分の神気とこっちの神気が若干、性質が違うのが分からない? ちょっと穢れに当たっても放って置いたら大惨事になるってご忠告申し上げておくよ」
「へぇ、そうなんだ。物知りだねさん」
「……一応、陰陽師の端くれだから」

 門をくぐり、最初に鉢合わせた女房にあたしは酒を持ってくるようにと言った。「あぁ、お神酒の方だから、よろしく」「畏まりました」「さ、藤姫達の部屋に行こうか」我が物顔で歩くあたしに、誰も突っ込みを入れなかった。









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 が部屋の中に入ると、あかねが「ちゃん!」と言って抱きついてきた。はそれをさも普通、と言うように抱きとめる。

「大丈夫だった!? 怪我とか無い?」
「あのねぇ、何時も言ってると思うんだけどさぁ。あたしに怪我なんてマジありえないっつーの。そこんとこアンタ分かって言ってんの?」
、そこまで言わなくてもいいだろ」
「だって天真、当たり前の事を当たり前のように言って何が悪いのよ。
 っていうか藤姫、今回の事、やっぱりアクラムが絡んでいるみたいなのよ。神子達、暫くは元の時代に帰れないと思うから神子は藤姫ん所で、後の野郎共はあたし達で分割して面倒見るって事でいいでしょ。
 いいでしょ、泰明。後、友雅と鷹通さん?」

 あかねを抱きとめる為、彼女の腰に手を回していた腕を自身の腰に移動させて、ふんぞり返るかように言い切るに、天真は言わなきゃ良かったと軽く後悔をした。

「へぇ、矢張り、アクラムが一枚絡んでいたようだね?」
「まぁね。友雅はやっぱ驚いて無いんだね。
 予想はしてたけど、ばっちりビンゴで気持ち悪いわ」

「あの、話の途中で悪いんだけど、アクラムって誰?」

 望美がすまなそうな顔で話に割って入る。居残り組みだった弁慶達は既に知っているような表情をしていた為、彼らには話をしてあるのだろう。

「私と、同胞の者達の事だ」
「先生と同じ…………って事は鬼?」「テメエやっぱ鬼だったのか!?」
「イノリ五月蝿い。黙れ。
 ――――鬼鬼五月蝿いんだよアンタ。詩紋で耐性ついてんのかと思ったら……全然じゃないの。っていうかリズヴァーン先生、だっけ? アンタもぶっちゃけすぎなんだよ。もうちょっとオブラートに言ってくれないと。こっちにも事情があんのよ。それにあの子、十五とは言えまだまだお子ちゃまだから。
 という事で、お分かりいただけたかしら、神子?
 アンタ達には悪いとは思うんだけど、アンタ達が呼ばれたのはこっちの責任って事が」

 ったくあんの悪趣味仮面、また阿呆な事してくれやがって。
 の悪態をつく声が、静かに響いた。