10.失意の中、殺戮の果てに
その日はクリスマスイヴだった。
女の子は少女と同じベッドで寝ていた。
それは毎年の事で、少女も了解済みだった。
幸せそうに眠る二人に、両親を殺したばかりの男が侵入してきた。
狂気に満ちた視線を幼い二人に投げる。
―――じゅるり
男の口から唾液が流れた。
そして男は少女に覆いかぶさった。
男の重さでベッドがミシリと鳴った。
少女は男が覆いかぶさった事によって身じろいだ。
「ん」
と甘い声が漏れる。
少女は男と女の子がしていると思っているのだろう。
男はまた両親同様、血が滴る包丁を少女に突き刺した。
その瞬間、少女の苦痛を訴える声が家中に響いた。
女の子は思わず目を覚ました。
いきなり姉の悲鳴が聞こえたのだ。
びっくりして当然だろう。
同時に、ザシュ、ザシュと男が包丁を突き刺す音も聞こえた。
女の子は声が出せなかった。
少女の悲鳴が徐々に小さくなり、肉を指される音が次第に大きくなった。
ザシュ、ザシュ……
ブシュ、ブシュー……
「ぐひっ…ぐひひひひひ……」
男は少女を切り裂く事に夢中で、女の子が逃げるようにベッドから降りたのを知らなかった。
生理的に潤み、涙が女の子の頬を濡らす。
両親の部屋に女の子は逃げた。
しかし、ベッドの上に転がるのはただの肉の塊。
人としての原型を留めていない両親の姿だった。
「あぁ………ああぁぁぁあぁあぁっ!」
女の子は後ずさりながら、姉を刺した男を思い出す。
次は自分かもしれない、そんな考えが女の子の頭を過ぎった。
女の子は思わず部屋を飛び出した。
すると、待っていたかのように男が現れた。
口元はだらしなく唾液が流れ、目だけはギョロギョロと光っていた。
次はお前だ、と言わんばかりに包丁を振り上げる。
女の子は恐怖で動けなかった。
――ザクリ
「ああぁぁああぁっっ!!!」
痛みで女の子は我に帰る。
指された肩を抑えて女の子はふらつきながら走り出した。
階段を降りていると、足を踏み外して転がり落ちた。
ガタガタ、カダッ
「かはっ!」
弾みに女の子が咳込む。
男がニヤニヤしながら降りて来た。
女の子は恐怖で顔が歪む。
男はそれがまた嬉しいらしく、口唇を歪めて笑った。
女の子は、その男の顔を忘れる事が出来なくなった。
「やぁ…いやぁあぁぁああっ!」
女の子は小さな身体で、精一杯の声を上げた。
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―――――そう、あの赤黒くて丸い物体は人間の頭だ。
真っ赤な赤い血が流れて固まったんだ。
あたしの頭に昔の出来事が横切る。
六年前の、嫌な記憶が蘇る。
それは鮮明に思い出される。
「やっ…やぁ……いやぁあぁ…」
消え入りそうな声があたしの口から洩れる。
持っていた鉄扇を落として、あたしは頭を抱えた。
またあたしの目から涙が流れる。
「おとうさっおかあさっ…ねえさっ………い、いやぁあぁぁあぁっ!」
「!?」
あたしの肩を誰かが掴んだ。
前後に勢い良く揺さ振る。
「大丈夫、大丈夫だから。落ち着け」
「いやぁ!ころさないで!ころさないでえぇぇ!!」
「?大丈夫、は死なない!誰も死なないから!俺が約束する!だから大丈夫だ!」
「みんな…みんなしんじゃうんだ!」
「誰も死なない!皆生きているから、誰もを置いて死なない!」
気が付くと、芦川があたしを抱いて「大丈夫、大丈夫だから」と言っていた。
芦川の温もりを感じて、あたしはまた思い出した事を知った。
あの出来事は一生あたしについて回る。
気にしないようしにても、やっぱり気になる。
「あ しか わぁ………」
何処にも行かないで
自然と口が紡ぎそうになって、あたしは名前を呼ぶだけにした。
それでも言い方のニュアンスがそう言っていた。
あたしは芦川の服を思い切り握った。
額を芦川の肩に置いた。
「、落ち着けって。……ゆっくり息を吸って、吐いて…そう、も一回吸って、吐いて。
―――大丈夫か?」
芦川に言われて、あたしは顔を上げた。
すると芦川の顔が間近にあって。
芦川はほっとした表情であたしを見る。
そして、手であたしに目隠しをした。
コツンと杖を一回床で鳴らす。
刹那、床に魔法陣が表れた。
そしてあたしたちは、教会の地下から消えていた
この時、あたしは芦川に腰を抱かれていた。
そこら辺にあった箱に座らされて、あたしは芦川が戻って来るのを待っていた。
あたしは下を向いて、瞼を落とす。
二の腕を持って、自分自身を抱くように力を込める。
それでも、誰かが居なくなる、殺されるという恐怖故の奮えは止まらなかった。
記憶の奥深くに封印しておいたものが、地下礼拝堂の死体で思い出されたんだ。
忘れたい。でも忘れられない。忘れてはいけない。忘れたい。
「、水だ。飲めるか?」
「……芦、美鶴、ありがと。
美鶴は、どうしてあそこに居たの?」
「―――と同じ、宝玉を探しに。
やるよ。青の宝玉は既に持っているんだ」
「あたしは、取れなかったんだよ。
だからあたしが、持つ資格は無いよ」
あたしがそう言うと、美鶴はふて腐れた表情をした。
そして手を出す。
何だろう、と首を傾げた。
「の武器見せて」
有無を言わせないその一言に、あたしは思わず美鶴に武器を見せた。
美鶴は開いたり閉じたりして見ている。
すると、ポケットに入れていた宝玉を取り出して嵌めた。
「あぁっ!?」
「悪い、嵌まった」
「なっ、何が『嵌まった』だ!わざとやったでしょ!?なんでやっちゃうかな!」
「やっと明るくなった。はそっちの方がいい」
「え……」
「気が向いたらでいいから話して。俺でよければ聞くから」
「それはっ…あたしも、そっくりそのまま返す!
美鶴も、溜め込まないでたまには吐き出しちゃえ!」
あたしは美鶴に思いっきりあっかんべーをした。
そして美鶴の腕を取って歩き出す。
美鶴は、頬を上気させた。
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