09.壊された時間
湿った風に運ばれてくる、何かが焼ける臭い。
朝になっても離れなかった。
「おはよう、よく寝れたかい?」
「ぐっすり、疲れもとれたしね」
それは良かった、と店主は卵を片手で割る。
フライパンに落とされた卵は、目玉焼きになった。
店主が朝ご飯を運んでくれる。
水のおかわりもくれた。
「、今日は何をする予定なんだい?」
「今日?街を歩くつもりだけど…」
「そうかい。
だったら東にあるアンジュの店はお勧めだよ。
も気に入るだろうよ」
「本当?行ってみる。ありがと」
アンジュの店とやらは若い女の子に人気のアクセサリーショップらしい。
折角店主が教えてくれたんだ。
見るだけでも行ってみようか。
朝ご飯を食べて、出て行く準備をする。
と言っても簡単に部屋を片付けて、換気をするだけなんだけど。
武器の鉄扇を何時もの場所に仕舞い、宿を出た。
教会に足を延ばす。
裏手に回り、入口を探した。
秘密の扉とか無いかな、と壁を探ってみたりする。
ふと地面を見ると、不自然な苔の生え方をした地面があった。
しゃがんで見ると、うっすらと線が見える。
地下への階段とかがあるんだろうか。
砂を掃い苔を取る。
表れたのは、木の板。
力任せに板を引っ張ると、階段が見えた。
よくありそうなRPGなネタであまり面白くは無いが、鉄扇を開いて焔を出した。
意思のままに動くようにして、階下を照らした。
地下礼拝堂へ続くのだろうか。
階段は長く続いている。
人の気配が無い事を確認して、あたしは階段を降りて行った。
コツ、コツ―――――
足音が響く。
埃っぽい廊下を、出来るだけ音を出さないように歩いた。
緑の宝玉の力を使って、蔓を作りだし手当たり次第に枝を延ばしていく。
こうすれば人が居たりとかどんな物があるのかが分かる。
薄ぐらい壁に手をついて、息を吐き出した。
熱気が篭っていて蒸し暑い。
額に浮かぶ汗を拭った。
何処まで降りたんだろうか。
結構降りたつもりだったんだけど。
「―――ぁ……」
微かに明かりが見えた。
蔓を明かりの方に行かす。
広い空間みたいだった。
入口の側まで行き、壁に隠れる。
人の気配が無い事を再度確認して、中に入った。
「え……これは…」
何かを奉っている祭壇の上には、赤黒い丸い物体が転がっていた。
その上に淡く光りを放っている青の宝玉があった。
僧正の言った通り、奉っている。
違う意味で。
「神さまじゃなくて、悪魔を奉っているんじゃないの……?」
赤黒い丸い物体をあたしは知っている。
あたしは見た事がある。
丸くは無いけれど、この赤黒い色は――
こびりついた赤黒いモノ、それは。
あたしたちの中を縦横に流れる、紅い紅い真っ赤な血。
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静かな住宅街で、一人の男が歩いている。
そしてある家の前に立つと、唾液で口唇を湿らせた。
ゆっくり、ゆっくりと門の中に入り、針金で玄関の鍵を開ける。
カチャリ―――
鍵はいともたやすく開いた。
男は口唇を歪めて笑う。
暗闇の中、男の目だけがギラギラと輝いていた。
男は中に入る。
丁寧に靴を脱ぐと、近くにあったスリッパを履いた。
そして真っ直ぐキッチンに向かう。
キッチンは綺麗に片付けられている。
そのキッチンで男は何かを探している。
ただ物を物色しているだけかもしれないが、男は楽しそうだった。
男が目当ての物を見付けた。
ニヤリと顔を歪ませて、男は月明かりに照らした。
キラリ、とそれは光りを受けて反射する。
一瞬だけ、男の歪んだ顔が照らされた。
男は冷蔵庫の中から、肉を取り出す。
包丁を、高く上に振り上げて、振り下ろした。
ダンッと真っ二つに肉が綺麗に別れた。
切れ味抜群なその包丁に、男はまた顔を歪ませた。
肉を切ってついた血を、そのままにして男はキッチンを後にした。
側にある階段を上り、正面の部屋に入る。
そこには、ダブルベッドで仲よさ気に眠る夫婦が居た。
男はまた顔を歪めて、ポケットから瓶を取り出した。
瓶の蓋を開ける。
夫婦に向けて、瓶の中身をぶちまけた。
元から静かな寝息だった夫婦が、更に静かになった。
そして男は、まず夫の方に寄る。
手当たり次第、男は包丁を突き立てた。
ブシュ、ブシュと血が溢れ出す。
男は人間の原型を留めない、ただの肉の塊となっていった。
満足したのだろうか、男は妻の方に手を延ばした。
男は馬乗りになって、また包丁を振り上げた。
男の肉と違い、女の肉は柔らかく。
綺麗に穴を空けていった。
男は夫と同じように、妻の方もめった刺しにしていく。
狂ったように、男は二人を指し続けた。
その行為は、男を恍惚させた。
「はは…はははっ……ははははははは!」
玩具を得た子供のように、男は顔を歪めて笑った。
二人は既に肉の塊と化していた。
男の恍惚に満ちた表情と、狂ったような笑い声が家の中に響いた。
しかし、誰も起きなかった。
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