02.たとえ神への冒涜だとしても











芦川が三谷に言っていたのを聞いた。
幽霊ビルに現れる扉を潜れば、あの扉の向こうに行けば、運命を変えられる。
一つだけ、願いが叶うんだ。と。


孤児院に帰っていたあたしの頭に、芦川の言葉がぐるぐると回る。
一つだけ、願いが叶うなら。


あたしは、何を願うだろうか。


机の奥底に仕舞ったファイルを取り出す。
表紙を開くと、六年前の新聞の切り抜きが貼ってあった。
でかでかと、

『深夜の一家惨殺』

『次女のみ一命を取り留める』

と書いてある。


当時の両親と、姉の顔写真が乗っている。
全員刃物で全身めった刺しにされて。
かろうじてあたしは、傷がそれなりに浅く。
虫の息だった所を病院に搬送されて一命を取り留めた。


願いが一つだけ叶うなら、あたしは。

家族を生きかえらして貰う?

未だ捕まっていない犯人を捕まえて貰う?



「犯人に、家族を殺したそれ以上の苦痛を味合わせる……?」



復讐は蜜より甘い。
誰かが言った言葉。


手を拱いている警察なんかに頼るよりも、自分の手でやった方が早い。
あたしには心配かける家族も居ないんだし。
親戚も居ない。
だから孤児院に居る。


別にあたしが居なくなったりしても、異常は無い筈。
とすると、あたしは。


スニーカーを掴んで、窓に手をかけた。
足をかけて靴を履いて、手摺りに腰を下ろす。
近くの木に手を伸ばした。


大きな音を立てないように木から下りる。
地面まで数メートルという所で、飛び降りた。
持ち前の運動能力を駆使して、あたしは幽霊ビルを目指して走った。










ブルーシートがかかったビルに忍び込む。
始めて入るビルなのに、迷わずあたしは階段を上がっていった。


天井がある筈の場所は、暗く、長い階段が見えていた。
これが芦川の言っていた、運命を変える扉。
あたしは扉を潜る為に、一段一段、階段を上がって行く。



「父さん、母さん、姉さん…待ってて。


 あたしが、犯人を懲らしめるから…」



あたしの中で燻っていた憎しみの炎が、赤く燃え始めた。
息が上がりそうになりながらもあたしは最後の階段を上がる。
見下ろした階下は、現世。
運命を変える為に、あたしは扉の先の幻界に行く。


10年に一度、90日間だけ開く。
運命の扉の先へ。


それが幾ら不純な動機だろうと、あたしは。


忘れようにも忘れる事が出来ない。
心にぽっかりと空いた穴。
燻っていた青い炎が赤く燃え上がる。



「それでも、あたしは……………」



扉が、ゆっくりと開き始めた。
中から凄い風が吹く。
少し足がふらついたけれど、あたしはゆっくりと、確実に歩き出した。


一歩、一歩、確実に足を出して行く。
風でセットしていた髪の毛が崩れた。
まぁ、夜だからセットが崩れてもいいんだけど。


眩しいくらいのが、扉の向こうからきている。
手で影を作りながら、あたしは進んだ。


扉の中は大きな穴。
ゴクリとあたしは生ツバを飲み込んだ。
そして、穴の中へ飛び込んだ。


いつの間にか閉じていた瞼を開けると、辺り一面変な鳥たちがうごめいている。
パステル調の色合いをした鳥の上に、あたしは座っていた。
少し先に明かりが見える。
そこまでこの鳥たちは運んでくれるのか。


もしかしたらの衝撃に備えて、あたしは構えた。
案の定、明かりに出ると身体が浮いた。
覚悟はしていたので対した衝撃では無かった。
それは地面に弾力性があったからかもしれないが。



「此処は……って!うわぁっ!」



鳥たちがまたあたしを運ぶ。
おためし、おためしと口々に言っている。
何なんだ、と思った途端あたしは鳥たちに放り投げられた。










何とか、かろうじて受け身を取ったあたしは辺りを見回す。
全体的に暗い。
此処は何処だろうか。


あたしは一歩踏み出した。
すると、ボッと音を立てて蝋燭に火が灯った。
下から上と、順番に明かりがついていく。
明かりがついていくと分かる。
四方に銅像みたいなのが置かれている。
迫力のある銅像が、ゴゴゴと動き出した。



「汝、知恵を望むか?」



「頭がいいのに越したことは無いけど」



「汝、力を望むか?」



「無いよりある方がいいってもんでしょ」



「汝、愛を望むか?」



「つか、どうでもいいからそれは」



「汝、勇気を望むか?」



「度胸の方がいいと思うわ」



四方から銅像が口々に言う。
知恵がいいか力がいいか愛がいいか勇気がいいか。
さぁ、選べ。
選べ選べ選べ選べ選べ。



「分かった。
 愛も勇気も要らないから、知恵と力のどちらかが欲しい」



「二つを望むならば、この部屋から無事に脱出するがよい」



「要するに、帰れって事でしょー」



一個しかくれねぇのか、ケチぃな。
あたしは銅像から踵を帰して走り出した。
近くの扉を力任せに押し開く。


中には、動物の銅像が置いてあった。
ははん、成る程。


動物と、この部屋から帰るんでしょう。
帰る、蛙。
一か八か、あの中央の蛙の銅像に飛び込んでみよう。


銅像から槍とかが飛び交う中で、あたしは中央に向かって走り出した。
蛙の真正面に来ると、蛙の口があんぐりと大きく開いて。


あたしは蛙が開けた口の中に飛び込んだ。
銅像だから本当に開くとは流石のあたしも思わなくて。
気味が悪くて。



「ちょ!これってありーっ!?」



叫んでいた。










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