01.少女は狂気を慈しむ











小さなこじんまりとした家の庭で、小さな女の子が遊んでいた。
狭くも無い、広くも無いその庭でサッカーボールを蹴っていた。
暫く一人でドリブルをしていたが、女の子はふと動きを止める。


次の瞬間、嬉しそうに破顔させて、道路の方へ走り出した。
女の子の先には、少女とその父親らしい男がこちらに向かって歩いていた。



「おねぇちゃん!おとうさん!おかえんなさいっ!」



「ただ今。いい子にしてた?」



少女が女の子の目線に合わせるようにしゃがみ込む。
女の子は目を細めて、元気よく「うん」と言った。
父親が女の子の頭を軽く撫でながら苦笑する。



「なんだ?またサッカーボールを蹴っていたのか?」



「うん!もおとうさんみたいなサッカーせんしゅになるのがゆめだもん!」



「なぁに。お姉ちゃんみたいにトランペットを吹くんじゃなかったの?」



、トランペットもふくよ」



「両方するの?だったら一生懸命頑張らなきゃ」



「うん、がんばる!


 あ!おかあさんがごはんつくってるよ。はやくたべよう!」



小さい手で少女と父親の手を掴んで、女の子は家の中に入る。
女の子の、

「おねえちゃんとおとうさんがかえってきたよー!」

と言う声がほほえましかった。


母親は高校の英語教師、父親はサッカー選手。
長女は中学の吹奏楽界で有名なトランペッター。
女の子は、幼いながらも類い稀な運動能力を発揮する、将来有望な女の子だった。


家族は非常に仲がよく、その家からは笑いが耐えなかった。
あの残酷な事件が起こるまでは―――――










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ふと、目が覚めた。
あたしは夢を見た。
家族円満な、女の子の夢を。


薄っぺらいシーツを剥いで、ベッドから下りる。
だぼだぼなジャージを引きずって、窓際まで移動する。
錆びたネジを慎重に回して、窓を開けた。


外は眩しくて、光が溢れていた。
あたしの居る部屋とは一目瞭然。
薄暗くて、途中で光を遮ってしまう部屋とは天と地の差がある。


そろそろかな、と時計を見ると案の定。
起床時間を告げる放送が鳴り始めた。


学校へ行く準備をしよう。
もそもそと、あたしは服を脱ぎ始めた。


支給された真っ白な下着。
あたしはまだ胸がぺしゃんこだからと、与えられたスポーツブラジャーをつける。
それから上級生の着古した、色の褪せた服を着た。
まだ着れるから、とあたしに降りてきた服はボロボロで。
幸い上着はまだ新しく、綺麗だから着れるんだけど。


ランドセルを背負って、部屋を出る。
閉まる時、 と書いたプレートが揺れて音が出た。



ちゃんおはよう。今日も早いのね」



「……おはよう、ございます。寮母さん」



「ふふふっ、何時も言っているでしょう?お母さんと呼んでもいいのよ?」



あたしは食堂に行く。
入口の邪魔にならない所に、ランドセルを置く。


メニューはスコーンにスクランブルエッグ、サラダと牛乳。
今日は洋食か。
全てを少しずつ盛り、あたしは席についた。










あたしは早めに学校へ行き、図書館で時間を潰す。
たいてい、朝は誰もいない図書館に、今日は人がいた。


芦川 美鶴


最近、隣のクラスに来た転校生だ。
ちなみに幽霊ビルで幽霊を見たと噂になっている。
その芦川が、あたしのお気に入りの場所で本を読んでいた。


あたしが芦川を見ていると、見られている本人が顔を上げた。



「何見てんの?」



「別に…その場所」



「場所?
 ……あぁ、君何時もこの席に座ってる子だね。変わろうか?」



「先に座ってたのはアンタでしょ。別の場所で読むからいいよ」



「そう」



芦川は再び本に目線を落とした。


芦川が読んでる奴、図書館の本だっけ。
見覚えが無いから新刊かな?
にしては古い。



「まだ何か?」



「…あ、いや。その本、どんな本かなと思って」



あたしが言うと、芦川は眉間に皺を寄せて立ち上がった。
そのまま何も言わずに出て行く。
聞いちゃいけない事を聞いてしまったようだ。


そのまま立っていると、予鈴のチャイムが鳴った。
ハッと気付いたあたしは、慌てて図書館から出て行った。










夜。
文具店のレジ袋を持って孤児院に帰る途中。
幽霊ビルの近くの神社で、芦川と三谷が話しているのが見えた。


何事も無いように通り過ぎようとすると、何故か三谷と目が合った。
三谷はあたしと目が合って、何処が気まずそうに視線をふらつかせた。



「お前、今朝の……」



「………二人共、何したの?怪我してる」



よく見ると三谷も芦川も怪我をしていた。
基本的に怪我人はほっておけないあたしは、常に持ち歩いているポーチから絆創膏を取り出した。



「まぁそんな怪我をしてるんだ。
 言いたくないから言わなくていい。

 軽い手当なら直ぐ出来るから、やったげるよ」



「悪い。えっと………」



 。帰ったらちゃんと消毒してね」



「ありがとう、





 苗字の呼び捨ては嫌いなんだ。名前で呼んで」



「あ、うん。分かったよ



三谷はぎこちなく、あたしにありがとうと言った。
あたしは二人に、余分に絆創膏を渡して、再び帰路ついた。










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