入学したときから他の生徒とは違うの環境に、クラスメイト達はを遠巻きにしていたのだが、彼女が出てきてから、それが酷くなったような感じだ。
女の苛めは陰険だ。肉体的よりも、精神的苦痛の方が大きい。
初めはも気にしなかった。人は人、自分は自分と陰口には耳を傾けないようにしていた。だが今は、それが大きく変わっていた。くすくすと密かに笑う彼女達。こそこそと喋りる仕草。そして、自分の方を向いてぷっと笑う。
何かが変だった。だがそれよりも、彼女の方が大きかった。
「(江頭が、言っていた新しいマネージャーって、あの子だったんだ。ちゃんと仕事出来るのかな)」
「―――――で、あるからにして、彼はこう言った」
「(いや、それよりも、あたしが居なくてもちゃんと機能したんだ…)」
「――――――――――だと」
「(それもそうか、じゃなかったら彼らは黙っていない)」
は教師が黒板に書いたものを板書しながら、考える。今もまだ、彼女達からのくすくす笑いは止まらない。いい加減やめてくれと思う。早くチャイムが鳴ってくれないものかとも思う。休み時間になれば教室から出て行けるし、外を歩けば気分転換くらいにはなるだろう。
「さん、」
カナエの取り巻きではない、別グループの大人しい子が話しかけてきた。「………なに」とは答える。すると、彼女は言いにくそうにだが、はっきりと言った。
「野球部の一軍を誑かして一軍のマネージャーになったって、ほんとう?」
「……………誰が言ったの、それ」
「えっと…」
「まぁ、いいけど。あたしはそんなくだらない事しないよ」
「嘘よ、じゃなかったらどうして一軍のマネになったのよ」
「知らないわ。江頭部長の指示だから」
「江頭…?」
「ウチのチーフマネージャー兼部長。大将は別に居るけど、そうだな、軍師みたいなもんだ。
(奴がどうしてあたしを一軍に格上げさせたなんて、聞かれても知らないよ。まぁ、ウチのイメージアップか何かを目的にしてると思うんだけど。聞いちゃくれないしね、こんな事)」
ふあ、と欠伸をしながらは言う。すると、クラスメイト達は納得がいかないという顔をした。そんな顔されても、あたし知らないしとは見ない振りをする事に決めた。
「で、どうだったのぉ?」
休み時間に入ると、カナエは少女に近づいてきた。少女はビク! と身体を揺らして「あ……あの、」と口を開く。「あの」「その」しか出てこない少女に、カナエは苛っとするが、理性が留まり辛抱強く聞くようにする。
「してない、って」
「ほんとにぃ? ちゃんが言ったこと、一言一句違えずに言ってよぉ」
「えっと……あたし…は、そんな、く、くだらない、事…し、ない。江頭、部長の…指示…だ、か…ら」
「ふーん…くだらない、ねぇ。
じゃあどうしてちゃんはチャイムが鳴った途端教室出て行っちゃったんだろうねぇ? やましい事が無かったら別に居てもいいのにねぇ?」
くるくると巻かれた髪の毛を弄りながら、カナエは言う。間延びしたその口調は些か聞きにくいだのが、慣れの問題だ。
カナエは窓の向こうを歩くを目を細めて見る。そのまま半眼になり、カナエは吐き捨てるように言った。「アタシさぁ…ちゃんみたいなタイプが大っっっっっ嫌いなんだぁ」と。近くに居た少女がビク! と小さく身体を揺らした。
カナエの形の整い、グロスがたっぷりと塗られた艶のある口唇が歪められる。
「皆、やってくれるよねぇ?」
此処で「否」は誰も言えなかった。今やクラスの誰もが知っている。カナエの父親はこの学校の理事と言う事を。
そういった子が女王様のように振舞うのは、漫画でもよくありがちな展開だ。『自分の父親は理事だから、逆らうとどうなるか分かっているよね』と言う漫画の悪役的登場人物も。
全てが漫画だけの世界だと思っていた。漫画、そう空想の。フィクション。だが、大盛 カナエと言う少女に合ってしまったが為に、この教室は漫画のようになってしまったのだ。
「………な、何をすれば?」
一人の少女が口を開いた。今まで黙ってカナエの言葉を聞いていた、大人しい性格のグループに入っていた少女だ。カナエは腕を組んで「そうねぇ…」と思考を巡らせる。
その瞳は、狂気に塗(マミ)れていた。
「とりあえず、最初だからぁ……」
アタシのお願いだもん、皆聞いてくれるよねぇと言うカナエの言葉に、誰も「否」は言えなかった。
教室に戻ってきたが感じたことは、先ほどまでの違和感が無かった事だ。それなりに仲の良い子が「さん」と声をかけてくる。
「あの、私、現国の教科書忘れちゃったんだ…見せてくれる?」
「別に…いいけど。珍しいね? 貴女が忘れるなんて」
先の時間とは打って変わった変化だ、と思いながらは机を合わせる。教科書を二人の真ん中に置くようにして、は頬杖をついた。は知らなかった、この時カナエが不敵に笑った事を。
「(見ていなさい 。あの時の屈辱は三倍返しなんだから)」
ギリ、と彼女の持つシャーペンが悲鳴を上げた。
「えっとね、さん。さんが居ない間に、此処まで進んだんだ」
「へぇ、結構進んだんだ。
あ、後でいいから、ノートのコピー取らせてくれない?」
「うん、いいよ。昼休みでいい?」
「うん、ありがとう」
自分が居ない間に進んだ分のノートを手書きコピーするなんか時間がかかり過ぎてしまうから、昼休みに職員室前のコピー機を使おうかなとは思いながら、大幅に進んだ授業を聞いていた。
「(あぁ、早く放課後にならないかな、なんだか居心地が悪いったらありゃしない)」
スポーツトレーナーコースは女子生徒の多い一種の特別なコースになる。通常、普通科の男女比は大体約半々なのだが、生憎と体育科ともなれば男女比は激しく変化する。所によっては男子が居ない、女子が居ないとなるのだ。それはトレーナーコースも例外では無い(だが今年はどういうわけか、男子は少なく、女子生徒がクラスの大半を占める)。
そして、女子は集団を好む。血液型でも好むか好まないと分かれるのだが、女子はそれに関係無く群れる事が好きだ(は女同士で群れる事はあまり好まないのだが)。しかも、そのせいで浮いてしまっていた。
「(あたしみたいな人って、あんま好きじゃないんだよねー群がるの。それに、B型だし)」
先日読んだ本のタイトルが頭に浮かぶ。最近、巷で人気になっている本だ。
「あの、さん…」
「なに?」
「その…さっきは、ごめんなさい…」
「別に、気にしてないから」
「私、軽率な質問しちゃったんだよね…? 本当に、ごめんなさい」
「いや、謝られるほうが気分悪くなるから、今度から気をつけてくれればいい事だし。それに、あれが本心ってわけじゃないでしょ。そういうの慣れてる」
「慣れてる?」
「そ。あたし、小学校はリトルで野球やってたんだけど、そのチームも無駄に顔のいい奴が居てね。後は、中学校はアメリカだったんだけど、そこでも無駄に顔のいいチームメイトが居てね」
あの頃っていうか中学は酷かったから、慣れてるつもり。とは言う。
「そんな頃から、野球やってたんだ」
「あたしの人生を変えたのは野球よ。もう身体の一部だからね」
「かっこいい事言うね、さん」
かっこいいね、と言った彼女の真意が、この時のには分からなかった。
あとがき
お久しぶりの更新です。ほんとは水面下でもっと書き進めてからアップしようと思っていました。でも我慢できなくてアップしちゃいました。さて、これからヒロイン嬢をどうしてやろうかな。へへへ。(怪しい人みたい)
(20080703)