001.夏の終わりに-前編-

 三年ぶりの日本。全てが懐かしく思えた。
 肩を上下させて、はボストンバックを抱え直す。パンプスの鳴らして、は歩き出す。変わらない景色を嬉しく思いながら。彼らはどうしているのだろうか。最後に会ったのが、三年前。もう身長は追い越されているかもしれない。

「タクシー!

 野球場へ行ってくれない?今日、中学野球の試合があると思うのだけど」
「あぁ、確か三船東中と友の浦中だね」
「そういえば学校名はそんな名前だったかな。久しぶりの日本だから、少し漢字が読めなくって」
「何処かへ行っていたのかい?」
「えぇ、アメリカへ」

 は笑いながらタクシーの運転手と話す。何処の国も、タクシーの運転手という職業の人は親しみやすい。そう思いながら試合をする学校の話を聞いた。
 小学校六年生の夏休み前に、住み慣れた横浜を離れて遥か向こうの大陸――アメリカ――に渡り、様々な事が起こった。それも、再び日本へ帰る為に。両親の都合や、向こうの学校の都合もありこうして単身戻ってきただが、やはり戻ってきてよかったと思っている。
 アメリカもいい所だと思うのだが、やっぱり此処が良い。

「それで、野球場には何をしに?」
「幼馴染が試合をやっているって、聞いて。応援に」
「そりゃいいねぇ。その幼馴染も喜ぶよ」
「もしかしたら『アンタ誰?』って聞かれるかもしれないんですけどね」

「はい、此処が野球場」
「ありがとう、おじさん」

 代金を支払い、は車を降りる。中からの声援が、ほんの少しだか此処まで聞こえてくる。
 「さて、アイツ等はどっちの学校なんだろうか。流石にリトルの時みたいに、敵同士じゃないよね」そう思いながらは球場へ入っていった。











 スタンドに到着すると、青い帽子の学校が攻めている所だった。左利きのピッチャーが、バッターを三振させた。

「吾郎は確か右利きだったから…じゃぁ、アイツ等は赤い方か。
 でもあのピッチャー吾郎になんか似てるかも…マウンドだからそう見えるだけかもしれないけどねー…」

 はははーと笑いながらそのピッチャーを見る。昔と比べるのは意味が無いのかもしれないが、吾郎の球はあのピッチャーよりも速かった(と思う)し、と呟きながら。

「俺の知る吾郎と言う奴が三船の茂野 吾郎と言う奴だったら、あの青い帽子のピッチャーが奴だ」
「……おじさん、誰?」
「俺?ただの呑んだくれ」
「ふぅん。でもあたしの知る吾郎の名字が違うから間違いだよ。
 で、じゃぁ、あの青いのがその、三船東中って所なんだね?」
「あ、知らないのか?」
「うん、だって久しぶりの日本だから」
「お嬢さん、今まで何処に居たんだ?」
「アメリカ」
「ほぅ、そりゃまた羨ましい」
「なんで?」
「野球の本場じゃねぇか」
「まぁ、そうだね」
「お嬢さん、野球は?」
「あたし?
 日本に居た時は、リトルでピッチャーやってて、アメリカでもシニアでちょこっとだけ参加させて貰いつつマネやってた」
「日本に居た時は、何処のチームだったんだ?」
「おじさん、食いつきがいいねぇ。ま、話しても支障は無いから話すけど。横浜リトル」
「野球が好きだから、中学野球の試合も見てるんじゃねぇか。
 横浜李リトルでピッチャーったらいいじゃねぇか。お嬢さんが居た頃はあそこも強い。まぁ、今もだがな」
「みたいですねー。リトルの監督とは今も連絡をしているので。だから今日のこの試合も知ったんですけど」
「なんだ、昔のチームメイトでも出てるのか?」
「えぇ、キャッチャーであたしとバッテリーを組んだ事もあるんで。もう一人の幼馴染も出てるって聞いたし。これは見なきゃ!って思わない?」
「へぇ、そりゃ、三船のピッチャーと友の浦のキャッチャーだな」
「どうして?」
「三船のピッチャーはさっきも言ったが茂野 吾郎。旧姓は本田だ。で、友の浦のキャッチャーは佐藤 寿也。お嬢さんの幼馴染とやらは、そいつ等じゃねぇのか?」
「おじさん、ただの野球好きの飲んだくれじゃないでしょ」
「あ、ばれた?」
「大方、有名私立高校のスカウトマン」
「当たりだ。でも何処の学校までかは分からないだろう?」
「………海堂高校の体育科か野球部?」
「大当たり」
「あ、当たりなんだ。じゃあ、別にこれ以上警戒しなくてもいいかな。
 あたし、来年からそこに行くから。アスレチックトレーナーの勉強しに、野球部のマネっていう名目で」
「お嬢さんみたいなマネだったら、おじさんも歓迎だ。選手が羨ましいぜ」
「今更そんな事言っても、無駄だよ。おじさん。
 ……………って、おじさんと無駄話してる内に試合終わっちゃったじゃない」
「そりゃ、こっちも台詞でもあるぜ。俺は仕事で来てるって言うのに」
「おじさんのせいじゃない?だっておじさんから声かけて来たんだから。自業自得でしょ」
「…………………………………………………………………お嬢さん、それは痛い…」
「あたしは知らないっと。
 じゃあ、おじさん。春に会えるのかなー?じゃあね」

 は立ち上がり、鼻の頭を赤くした中年にひらひらと手を振った。何処に行ったらあの二人に会えるのだろう、と思いながら。
 自販機で冷たい缶ジュースを買い、出口付近の木の下で立つ。何時になったら出てくるのかも知らずに。木陰に居ても、太陽の暑さは軽減することも無く、額からは玉のような汗が滴り落ちる。こんな事になるんだったら、一旦マンション帰ってから来た方が良かったかもしれない。いや、しかしそれだったらきっと試合は終わった後にくる事になるだろう。それでは意味が無い。
 一体、何時になったら出てくるんだ。まさかミーティングでもしているのか。それだったら学校に帰ってからやるだろう。こんな所でするのは迷惑極まりない行為なのだから。
 いい加減帰ってやろうか。そう思い始めた頃、彼等は出て来た。ブレザーを着た彼等だ。しかし、制服だけではどっちの学校かは、分からない。バス停で彼等は少し立ち止まり、話をしている。その中で、一人だけがバスに乗らず見送った。そして見送った少年(ともう言えない体格なのだが、如何せん、誰か分からない)は、近くの木陰に移動した。
 もしかしたら、という思いはあるのだが。人違いだったらどうしようとは悩んでいた。










「寿、ほんとうにいいのか?バスで帰らなくて」
「いいんだ。ちょっと、歩いて帰りたいから」
「それならいいけどさ、無理…するなよ?」
「うん、ありがとう。それじゃあ」
「じゃあ」

「歩いて帰るのか、寿也」
「……吾郎くん」

 これでハッキリした。は、二人の近くへ歩き始めた。

「寿也!
 ついでに吾郎!」
「「え?(しかも、ついでって言った!)」」
「久しぶりって、言ってもやっぱもう覚えてないのかな?あ、寿也は覚えてなかったら殴るよ」
「いや、覚えてるって!ちゃん!」
ーーー?お前がぁ!?」
「吾郎、殴ってもいいかな?」
「待ってよちゃん!何時日本に?」
「ん、さっき。駅から直で此処まで来たんだけど、知らないおじさんにナンパされてる内に試合終わっちゃってたんだ。ごめんね?」
「別に…でもどうして、まだ向こうに居るんじゃなかったの?」
「我が儘言って、あたしだけ先に帰ってきたの。ちょうど向こうの中学も卒業したし、高校は日本の学校が良かったからさ」

 エヘへと笑いながら、は二人の真ん中に入る。真ん中に入ってきた事で二人は驚いたような表情をしたが、これが昔からのポジションだったと思い出して「そういえば」と納得した表情になった。

「だってあたし、また三人で野球したかったから」

 そう言うと、寿也の表情が曇った。吾郎は歯切れの悪い口調で「そうだな」と答える。そのなんとも言えない雰囲気には「まーた喧嘩でもしたのかなぁ」と思いながらもあえてその話題には、触れずに二人にファミレスに行こうと誘った。
 だが返ってきた返事は予想通りで。一人になりたいのか、寿也とは途中で別れた。吾郎も試合の後で疲れてるからと言って、帰って行った。
 一人マンションへ帰りながら「今回は直ぐに直ぐ修復は出来そうに無いかもしれない」と思った。手元の地図を凝視しながら。

「やっぱり球場前でタクシー捕まえれば良かったかな…?」

 それとも、先に海堂の厚木寮に行けば良かった。厚木寮なら、連絡すれば迎えに来てくれた。「監督さん、遠慮しなくてもいいのに」って言ってくれてたし。と日本に帰ってきて始めての軽い後悔をした。

「あたしが方向音痴って言うのを、考えてなかったわ…こんなんで生活出来るかな…?」

あとがき

遂にやってしまいました。基本スポーツ漫画には嵌るだけ嵌って二次創作まではやらない(だってルール分からない)と決めていたんですが。あまりにも巻尺のマイナーさに「ないのなら、自分で書くしかない」と勝手に思い込んで書き始めたのはいいものの。作品名はメジャーって書いてあるのに…。
自分の作品で萌えれない。と気付きました。

(20080202)