本編

00.序章-05-

 目の前には大きな洞窟らしきもの。これが竜洞か、とは思った。思っていたものより遙かに大きな竜洞と、空を飛び交う竜と竜騎士たち。初めて見る竜たちに、は感嘆の声を上げた。

「此処から先は竜洞騎士団領となっております。どういったご用件でしょうか?」
「……あのっ、すいません。わたしはと言います。魔術師の塔に行きたいので、竜を出して頂きたく、そのお願いに参りました」
「魔術師……レックナートさまの所にですか?分かりました。では、この洞窟を抜けて騎士団の砦行って下さい」
「ありがとうございます」

 は見張りの騎士に道を譲ってもらい、洞窟の中に入る。徒歩で騎士団の砦に行くのは、この洞窟を通り抜けなければならない。その為、見張りの騎士から貰った松明に火の紋章で火をつけ暗い洞窟の中を歩き始めた。
 洞窟の奥からは大きな動物の気配がする。それが竜たちだろうか。キュインと鳴く声を聞き、意外と可愛い声をしているんだと呟いた。しばらく歩いていると、開けた場所に出た。そこには、所狭しと竜たちが座っていた。赤や緑、黒のいった色合いの竜たち。その大きな身体を縫うように騎士たちが世話をして回っている。

「へぇ…竜ってこんなに大きいんだ」
「そこの者、何をしている!?」
「(また……………)
 わたしはと言います。魔術師の塔に行きたいので此方の入り口の人に聞いた所、砦に行けと言われました」
「あ…すみません。失礼致しました。
 お客さんでしたか。では案内しますので、ついて来て下さい」





 案内された場所は騎士団の砦。
 は1階の応接間らしき部屋に通され、ソファーに座っていた。そこに、壮年の男性が入ってきた。竜騎士の頭飾りをしているので、彼も竜騎士だろうとは思った。銀――シルバー――の髪の男性は、を見てにこりと微笑む。それはに見たことも無い父親の笑顔を連想させた。

「貴女が魔術師の塔に行きたいと言ってきた方ですね」
「はい、と申します。この度は押しかけて申し訳ありませんでした」
「改まった口調は結構です。私は竜洞騎士団長のヨシュアと申します。以後、お見知りおきを」
「お言葉に甘えて、と言いたいのですがそれはなりません。ヨシュアさまは団長なのですから。わたしのような者が…」

 その口調を改めようとしないにヨシュアは苦笑いをする。見た目年端もいかない娘だ。余程行き届いた教育がされたのだなとヨシュアは思う。
 しかし、その考えは一瞬で消え去った。
 彼はが紋章を宿しているのに気付いたのだ。今まで然程(さほど)面識は無かったヨシュアだが、彼も真の紋章の継承者。その紋章を宿してから長い時間を生きてきた。

「(彼女があの紋章の継承者だったのか)」
「ですが、許されるのであれば少しずつ砕けた口調にさせて頂きたいとわたしは思います」
「それで構わない。私もそうさせて貰いましょう。
 魔術師の塔に行く件ですが、一週間後グレッグミンスターに行くのでその時で宜しければ…。如何でしょうか?」
「ありがとうございます、お願いします」
「分かりました。では、それまでは此方にて過すといいでしょう。部屋を用意させますので」

 はヨシュアに深くお辞儀をした。まさかこんなにもあっさりと決まるとは思っても見なかったのだ。そして、部屋を用意するとまで言ってくれた。それは流石に一週間もアンテイの宿に止まると路銀が尽きてしまうには、願っても無い申し出だった。
 通された部屋は非常に見晴らしがよく。窓の向こうには竜と竜騎士たちが訓練に励んでいた。その騎士の中に一際一生懸命に励む少年が1人。四、五歳くらいだろうか。大人の騎士に手ほどきを受けながら、竜に乗ろうとしていた。

 きっかり一週間、は砦に滞在した。
 それまでは砦の子供たちと遊んだり、ヨシュアとお茶を飲んだり、鍛錬に励んだりしていた。騎士たちと手合わせをした時は、流石に素手で相手をするわけにもいかず。槍を貸して貰って教えを請うた。

「では、行きましょうか」
「ヨシュアさん自ら、行かれるのですか?」
「えぇ、私も砦に篭ってばかりでは身体が訛ってしまうので」

 コミュニケーションを重ねたお陰で、は初日と比べて大分砕けた口調になった。「もしわたしに父が居たならば、ヨシュアのような人だといい」とは本人に言った。すると、ヨ シュアは嫌な顔せずに「ならばまた砦を尋ねてきてはくれないか」と返した。
 自身からその過去を聞いた事は無かったが、真の紋章の継承者という事もあってかなんとなくだが知っていた。
 竜の背に備え付けられた籠に乗ったを確認すると、竜は翼を広げる。ヨシュアに指示に従い、竜は「キュイィィ」と一声無くと、大きな翼をはためかせる。重力に逆らうような感覚がしたと思うと、その地面は遙か下にあった。





 ヨシュアは帝都には止まらず、グレッグミンスターより北東にある魔術師の塔に向かった。

「あの、グレッグミンスターは…?」
「言わなかったか? 私の用事は時間がかかるので先に君を送り届けることにしたんだ」
「そうでしたか、びっくりしました」
「さぁ、あそこに見えるのが魔術師の塔だよ」

 指差したその先には、石造りの高い塔があった。あれが魔術師の塔、とは呟く。紋章を宿してから上がった魔力が、塔に張り巡らされた結界が幾重にもある事に気付く。

「凄い結界…」
は分かるのかい?
 ―――――聞いた話によると、その結果は塔の主、つまりはレックナート殿が悪しき者から身を守る為に張ったものらしい。私は詳しく知らないのだが」
「悪しき者から?」
「確証は無い話だから、忘れてもらっても構わない。気になるのだったら、レックナート殿に尋ねるといい」

 は首を傾げる。何故そのような事をしなければならないのかと。
 竜が降下を始める。初めての感覚には思わず目を瞑った。一陣の風を起こして、竜は岸辺に降り立った。竜が降りる事が出来るのは此処だけなんだ、とヨシュアが申し訳なさそうに言う。

「此処から先は徒歩で行くしかない。幸い、この辺りのモンスターはどれも強くは無いと聞く。また迎えに来るから、此処で待っていてくれるといいのだが…」
「えぇと、多分、迎えは…必要ない、と思います」
「そうか」
「また、砦には尋ねさせてもらいます。ありがとうございました」

 が籠から降りると、ヨシュアは竜を促して飛び去っていった。上空から手を振るヨシュアに、も手を振る。竜の姿が見えなくなると、木々の向こうに見え隠れする塔に向かって歩き出した。
 ヨシュアに言ったとおり、現れるモンスターはどれもをてこずらす事が無く。簡単に進む事が出来た。流石に集団で現れた時は面倒になりモンスターたちを逃がしたのだが。
 暫く歩くと、塔の入り口が見えてきた。の視界で確認すると、眩い光が発生した。

「待っていましたよ、。竜騎士に頼んで此処まで来たんですね」
「…レックナートさま、陸路が使えないのでしたら最初にそう言って下さい…」
「あら、ついうっかり忘れてしまっていて。それにしても、やはり貴女が持つ方がいいみたいですね。その紋章は………」
「この紋章は、何の……紋章なのですか?」
「その話は、塔の中で。私の部屋にてお話しましょう」

 レックナートは転移魔法を発動させて、塔の最上階へとを連れて行った。