イヴァンがを引き摺って部屋に入ると、ベルナルドとジャンが目を丸くした。ベルナルドに至っては飲んでいたカップを落とすという失態を犯す始末だ。それだけ、意外な出来事が起きてしまったのだ。
「悪いベルナルド。失敗した」
「何をした」
「ジュリオの件で、少しでも何か掴めないかと思って行ったら雑魚にレイプされただけ」
がそう言うと、イヴァンが言った。
「ジュリオなら俺知ってるぜ。昨日拾った」
さらりと言うイヴァンに、ジャンがその場の意思を表情で告げた。お前、何さらっと流すように言っちゃってくれんだつーかそんなことなんで昨日の内に報告しねんだこれだから早漏チャンは…。ジャンの視線を受けながら「な、なんだよ」イヴァンは今それを言おうとした所だ、と言った。
その時。「……イヴァン」がふらりと揺れた。
「テメー…それをなんでさっさと報告してねぇんだ。これじゃあ、レイプされ損じゃねぇかこの野郎。どうしてくれんだヴァージンじゃねぇけど、女の身体が高ぇこたぁテメェがよ~く知ってんだろ? なんだってオメー売春の元締めもシノギにしてんだもんなぁ? あぁ? わたしの身体だって安いもんじゃねぇんだよ。これも大事な商売道具なんだよ。性病うつされたらどうすんだ。病院代だって高くねぇんだよ。ていうかこれから避妊の処置してもらいに行かねぇと種植えつけられるかもしれねぇだろ。病院代誰が出すんだこの馬鹿。そんなことされっとシノギに影響でんだよ。 つーかテメェ、だんまり決め込む前になんか言えよゴルラァ……っ!」
これだから早漏は。(早漏は関係ないが、ジャンが言っていたのでも使ってみた)は口元に緩く弧を描かせて、イヴァンに詰め寄る。だがその手には普段は使わないと言っていた拳銃が握られていて。そして、その彼女の口調が普段よりも荒く汚い口調だった為、動くことが出来なかった。その近くでベルナルドが「あちゃー…イヴァンの奴……」と呆れのため息を吐いている。
冷や汗を背中に垂らしながら、ジャンはベルナルドに言った。
「って、」
「あぁ、キれたら口調が荒くなる」
これでも昔よりはマシになったもんだ。ベルナルドが言った。
イヴァンはの変わりように、何処かに昇天しそうになっていた。それもそうだろう。少しキツい所があるかもしれないが、気が長いなのだ。その彼女が町のチンピラみたいに突っかかってくるのだ。ついでにお子様には聞かせれない単語もポンポン飛び出ている。女としての羞恥は無いのかと思ってしまいがちだが、怒りの矛先を向けられたイヴァンにはそのようなこと言えなかった。言えば最後。本気で銃弾が飛んできそうな勢いだったのだ。
「昔は可愛かったのになぁ……」
ベルナルドが呟いた。
イヴァンの案内で、は彼のシマに来ていた。彼の愛車をタクシー代わりに使ったのは、後にも先にも彼女ただ一人だったと彼は語る。
“ノエル”から“”の姿に変わった彼女は、案内されるがままに連れて来られたアパートの階段を上がる。少々埃臭いのは、このアパートが建てられてから相当の年数が経過しているからだろう。
「ボロいアパート」
「るせぇ」
「でも、結構いい所だね。場所も、見た目のカモフラージュも隠れ家にするには最適。わたしも見習おうかな」
「…………」
「なに?」
「いや、お前が人のことを褒めるなんか…以外で」
「わたしだって褒めることくらいしますよ……たまには」
の語尾が少し小さくなったのは、気付いていない振りをした。
学生アパートのような外見をしたそのアパートに入居してる住人に、学生は居ない。イヴァンの兵隊から学生らしい年齢と、外見を持つ人間をそのようにさせて住まわせているのだ。従って、彼の部屋の前には彼が本部の自室につけているようなボディガード代わりの兵隊は居なかった。
「もしかしたら、もう出て行ってるかもしねぇぜ」
「構わないって言ってるでしょ」
「お前さぁ」
「ん?」
鍵を開けながら、ふと思い出したかのようにイヴァンは切り出した。
「ジュリオとどんな関係なんだ?」
「…………直球でそれを聞くんだ。ま、別に構わないけどさ。
そうだねぇ。わたしのジュリオの関係……昔馴染みって一言で言えれたら、良かったんだけどね」
結構、ややこしい関係なんだよね。とは苦笑する。イヴァンはそれをジュリオは知っているのかと言うと、彼女は首を横に振った。
「知らないよ。わたしだって、この世界――マフィア――に入らなかったら、きっと知らないまま、普通に情報系大学に行って博士号取って、キャリアウーマンでバリバリ働いていると思う。そして、何も知らないまま、結婚して、子供産んで、そして老いて死んでいくの」
でも知ってしまった。それから逃れることは出来なかった。だから、自分は此処に居る。
決意に満ちた彼女の瞳に、イヴァンは何も言えなかった。