海神の方舟に乗って


番外編 小話

番外編 小話

 果てしなく続く地平線を見つめて、何処から歯車は狂っていったのだろうかと思った。元に居た世界から遥かなる世界へと行き、また、水のほとりの世界へと飛ばされ。
 遥かなる世界では見知った人と供に渡ったため、怖くはなかった。還る方法も知っていたため、戸惑うことはなかった。だが、この世界には誰ひとり が知る者がおらず、またを知る者も居なかった。
 ひとりだった。
 ひとりで還る方法を探した。遥かなる世界でも、元の世界でもいい。 を知る者が居る世界に還るために。

「、」
「…キカ殿、どうかされたか?」
「……」
「…………キカさん、なにか?」

  をこの水のほとりの世界で保護をしたのは海賊の首領だった。男達を束ねる、女海賊。

「しばらく、島を留守にする」
「分かりました。わたしも外に出るにはまだ暫くの時間が必要ですので、力不足だとは思いますが留守を預からせて頂きます」
「任せたぞ。……所で、甘いものは好きか?」
「こってりした甘さは苦手ですが、果物の甘さは好きですね」

 海風に長い髪を靡かせて、女海賊は船に乗った。今回の土産は果物を持ってきてくれるだろう。
 留守を預かると言っても、 にはあまりすることがない。今もやっていると言えば、鍛練をしたり文字や生活習慣を教えてもらったりだ。

 海賊船の後ろ姿を見送り、共用スペースである食堂に向かう。水を貰おうとカウンターに行けば、ダリオが俯せになって潰れていた。そのまわりをナレオがちょこちょこと動き、かいがいしく世話を焼いている。昼間から酒に潰れるのはいただけないが、この二人の関係は何故か心がほっとする。今は居ない、親友と後輩を彷彿させるのだろうか。

「あ、さん」
「昼間から酒を飲んだようだな…」
「今回はキカ様に留守番と言われちゃって…」
「……潰れていなければ、剣の相手をお願いしようと思っていたのだが、残念だ」
「ごめんなさい」

 まるで自分のことのように謝るナレオに「気にするな。部屋で読書でもするから」と言って、自分の水差しとコップを持って食堂を出た。
 自室は年頃の女の子というのと、男所帯ともあり、キカの私室の隣に与えられた。世話になっているのと、日が浅いというのもあり、部屋は至ってシンプルで必要最低限のものしかなかった。水差しとコップを何時もの定位置に置いて、窓際に備え付けられた椅子にゆっくり腰をかける。机の上に置いてある読み掛けの本を手に取り、しおりがはさんであるページを開いた。未だ、見慣れない文字をゆっくりと目で追いはじめた。

 水のほとりの世界へ降り立った当初のおはなし。
 世界に慣れた が、あちこち出掛けるようになるのはもう少し先のことである。


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