10.海へ堕ちる月

 とても陰鬱な気持ちだ。
 誰だってそうであろう。自分は一般人なのだから。そうでなければ、異常だ。そう、くどいようだが彼女は一般人なのだから。

 戦を前にした武士は士気を右肩上がりに上げていくが、の場合は正に正反対。というか左肩下がりもいい所だ。今となっては熊野に帰ると言う選択肢もあったではないかと、己の失敗に嘆くことも無く、ただ、ただ自分の身だけはなんとしても護ってやると言う根性のみで鍛錬に励んでいる。
 本人曰く、あたしの肌に傷一つ付けてみなさいただじゃおかないから、だそうだ。

 腹を括ったと言えば聞こえがいいのだろうが、つまりは行き場の無い気持ちをどう発散すればいいのやらと源氏軍の鍛錬場で手当たり次第に兵士を伸して行く。

「最近、さんよく出かけてるね」
「あ……戦が近いんでしょ? 自分の身くらい守れるようにならないと、と思って鍛錬に。(手当たり次第兵士を伸して行ってるだけなんだけどね。そんな事、春日さんにゃ口が裂けても言えない)」
「鍛錬だったら、私も手伝ったのに」
「春日さん、剣でしょう? あたしは棍だから。攻撃や防御の構えが違いすぎると思うんだけど。それに、春日さんよりも弁慶にお願いした方が効率がいいし」
「あ、そっか。弁慶さんは薙刀だもんね」
「まぁ、薙刀も所詮は刃物、なんだけどまだそっちの方が似てるし」
「っていうか、さんって結構ストレートに言うタイプなんだね」
「正直者なだけ」
「…………そ、そっか」
「そういう事にしておいてくれると助かる」

 それじゃ、鍛錬に言ってくるよ。
 そう言って、は梶原邸を後にした。





 鍛錬所に着くと、はまず着替えをする。普段着ているこの着物もどきは、幾らヒノエに用意して貰い、まだ予備があるとは言え大事な着物。汚したり、穴を開けたりするのは宜しくない。
 汚れてもいい、動きやすい着物と言えばいいのだろうか。その服装は、中華を連想する着物だ。熊野で過ごしていた時に、ヒノエから貰ったそれは、動きやすさを重視したデザインで。

「さーてと…がんばろ。死なない為に」

 は、棍を片手に持って鍛錬所へと入っていった。





か?」
「あ、九郎さん」

 一汗かいた所に、九郎がやって来た。

「どうしたんです? こんな所で」
「兵達の様子を見ようと思ってな。お前も、鍛錬に精が出ているようだ」
「そりゃ、戦で死ぬわけにはいきませんから。生き残る為に、あたしは鍛錬するんです」
「その心意気だ。よし、俺が稽古を付けてやろう」
「まじっすか」

 死に物狂いで棍を振るったのは、言うまでもない。