アイアコスの審判者

それを恋と呼ぶにはわたしはあまりにも幼すぎた

 白い肌の上に浮かぶのは、赤黒い水溜まり。曇天の空を見上げ、虚ろな瞳を三日月に向けるひとりの少女が、その水溜まりの真ん中に佇んでいた。
 その時、床板をギシギシと鳴らして、ひとりの青年がやって来た。青年の手には血塗られた刀が握られていた。

「――――悪いな。まさか此処がこんなに早く見付かるとは……」
「……前よりマシ。もった方」

 ぱしゃん。
 歩く度に、跳ね上がる水滴。足首を染めるそれに、少女は眉をしかめた。「(さっき、着替えたばかりなのに)」これてば折角着替えたのに、意味が無いではないか。再び戦場に身を投じる身だとしても、少女は自分が年頃の女だという事を知りたかった。

「…………ねぇ、」
「なんだ」
「ほんとうに、白夜叉は、つよいの?」

 自分を満足させる事が出来るのだろうか。

「昔は強かったが? まァ、今はどうだろうな」
「弱かったら、許さないから」
「おぉ怖。
 お前は祭りよりもそっちが楽しみみたいだな」

 誰かも分からぬ人間の血を頭から浴びた少女は、倒れている人間の比較的汚れていない着物を掴んで刀を拭った。そして鞘に戻す。

「晋助様、、大丈夫っすか?」
「来島か、平気だ」
「それなら良かったってあああぁぁぁぁぁあ!! ! アンタさっき着替えたってのに早々と汚したんすかアァァ!」
「ごめん、また子ちゃん」
「ハッ、こいつ――――は血を浴びる殺り方が好きだからな」

 青年――高杉――が喉の奥から笑った。少女に駆け寄った女――また子――は、懐から手ぬぐいを取り出す。「やっぱり、持って来てよかったすね」と言いながら少女――――の顔を拭き始めた。

「(此処も、潮時か)」
「晋助様、これからどうするんすか?」

 手ぬぐいを捨てたまた子が高杉に言う。も、そうだとまた子に続いて頷いた。
 答えを求められた高杉は、ふたりに最初から分かってんだろうと言わんばかりに、ニィと笑った。また子が表情を明るくして「じゃあ……」と言った。