本編

03.焼け野原で慟哭する終わり-04-

 結論から言えば、クワンダ・ロスマンは殺されること無く解放軍に招き入れられた。それは、彼の焦げた右手が切欠だ。そう、ウインディの持つ支配の紋章――ブラックルーン――が彼を狂気の渦へと導いていたのだ。それが焼け爛れた今、自身の行った罪に苛まれながら、彼は、トラン湖を訪れた。
あの時確かにティルは罪も無い大森林に住む者達を弾圧したクワンダ・ロスマンに対して失望した。しかし、その思いを抱く反面、それが間違いであって欲しいと願っていた。クワンダ・ロスマン本人から名指しで一対一の決闘を申し込まれた時は一瞬だけだが息が出来なかった。
それくらい、彼の目は凄まじかったのだ。
ティルも、クワンダ・ロスマンに負けぬように今の自分の実力を全て出し切って望んだ。ドワーフが寝る間も惜しんで作ってくれた対焦魔鏡武器を無駄にするわけにはいかない。そして、リーダーとしての責務が、ティルを襲った。
今、はそんな勝利を噛み締める解放軍の居城、トラン城を旅装束で背中を向けて歩いていた。

「気付いていると思うけれど、早速あの子は苦しんでいるわ」
「えぇ、分かっています。貴族として育ってきたせいで、妙に感情や表情を隠すのは上手いですが、それが何時まで持つか…」
「分かっているんだったら対策くらい練っているでしょう? 暫くは、帝国軍の様子見で平和なんだから」
「しかしティル殿の表情は日に日に翳りを帯びていく一方です」
「潰れるのも、時間の問題って感じか………。
(こんな時、“テッド”ならどうした? ティルと親友だったという、“テッド”なら)」

の後ろをマッシュが続く。彼は今、弟子のアップルの目を盗んで出てきたのだ(何故なら『死神』の二つ名を持つをアップルはあまり好いていないからだ)。
雲ひとつ無い晴天の下で、は溜め息を吐いた。

、」
「分かってる。あの子に、ティルに立ち止まる暇なんて残っていないって。わたしだって、そうだしね。それでもマッシュ、わたしは貴方に一兵士としてではなく昔からの友人として頼みたい。
――――リーダーとしてのティルを、支えてやって欲しい。
それが出来るのは、多分、あの面子の中ではマッシュだけ。貴方以外の人だとリーダーのティルは崩れてしまうわ」
「元より、そのつもりでしたよ。
さて、そろそろ城に戻りますか。アップルが心配しているだろう」
「先に戻っていてよ。わたしはもう少し此処に居るから」

あまり遅くならないように、マッシュはそう言ってに背を向けた。暫くして、はふぅと溜め息を吐く。そして物陰に居る少年に声をかけた。

「立ち聞きとは、関心しないわね」
「君達が此処で話すのがいけないんだよ」
「それで、ルックはどうするの?」
と軍師の話を聞いて? 別に、どうもしないよ。僕はただ、レックナートさまの命令で此処に居るだけなんだから」

ルックは淡々との問いに答える。
その態度から、本当にルックのどうでもいいという気持ちが伝わってくるようだった。はそんなルックの言葉に、内心溜め息を吐く。本当に、ほんとうに、この子は昔からこうだ。
今は仕方ないかもしれない。何故なら、彼等は今、動き始めたばかりなのだから。も、ルックも、この城に厄介になってからそこまで日も経っていない。
本音を言うのであれば、自身も戦の結末なぞさして興味も無いのだ。
ただそこに、星が集まるからはそこに足を向けるのだ。

「(わたしもルックの言葉に溜め息なんて吐けないわね)」
「……もう直ぐしたら、誰だっけ…あの、青いの。此処に来るよ」
「青いの? 誰それ」
「知らない。青いの、だよ」

風が、ルックに伝える。
青色を身を纏った青年が、小さな小船に乗りトラン湖を横切っている事を。はルックに「中に戻ろう」と言った。ルックはの言葉に素直に頷く。の藤色の長髪が、ふわりと風に浮いた。
彼等が城の中に入り互いの自室に戻った頃、トラン城の土を青年は踏んだ。





人の声がやけに響く。その中で一番目立っているのは、聞いた事の無い声だった。しきりに「オデッサは?」と言っている。その合間に、ティルの声が控えめに聞こえた。気配を辿るとビクトールをはじめに主なメンバーが集まっていた。
そろそろかな、とは思い部屋を出る。
少ない解放軍メンバーがそこに集まっている。は近くに居た兵士に何事か尋ねた。

「青雷のフリックがオデッサさまと面会する為に来たらしいんだ」
「それで、どうしてこんな険悪な雰囲気なの?」
「そこまでは…分かりませんが「!!!」」
「……………………なに?」
「ちょ!おまっ、居たなら止めろよ!!!」
「わたしはこの騒ぎを聞いて野次馬になりに来ただけよ。それに、わたしは端から止めようとは思っていないわ。こういう事は、よくある事。これくらい処理できないようじゃ、リーダーなんてやってやれないわ、ティル」

は腕を組んでビクトールを見た。ジッと睨まれてビクトールはウッと顔をしかめる。“”の名前に反応した青い青年が振り返った。
改めて見ると、同じ年代の青年だった。の場合、16の外見から変わっている所は無いのだが。青年は一瞬だけを見て目を見開き、それから何事も無かったかのように関心の無い表情を作った。

「(なんか、嫌われてるっぽいわたし)」
「オデッサについて、尋ねていましたね。僭越ながら私がティル殿に代わりお答えいたしましょう。
――――オデッサは、死にました。アジトを襲撃された際に、子供を庇って死んだそうです」

マッシュの余りにもあっさりとした物言いに、時間が止まったかのように思えた。そして言葉を理解した青年が、表情を青くした。まるで彼の纏う衣装のように。
ティルが、グレミオが、ビクトールが、びっくりした表情でマッシュを見ている。「マッシュ!!!!!」とティルが言うと、淡々とした抑揚で言った。

「今、解放軍はパンヌ・ヤクヌ攻防戦にも勝利し、機動に乗ったところです。オデッサ無しでも私は行けると判断しました。なのでもう公表してもいいと判断致しました」
「アンタは…」
「オデッサの兄の、マッシュ・シルバーバークと申します」
「オデッサの、兄………」
「おい、フリック。俺達は別に故意に隠そうとしていたんじゃないんだ」
「オデッサさんの、遺言です。自分の遺体が、帝国軍に見付かるとやっと芽生えた解放軍の灯火は消えてしまう、と。だから……」
「それで、オデッサの遺体は?」
「それも、オデッサさんの意思で、水路に……」
「ビクトール!!! お前、言ったよな? オデッサは自分が護ると! それでこのざまか!!?
サンチェス! ハンフリー!! お前達はこんな所に居るのか!!?」

押され気味のティルが、フリックと言われた青年に聞かれて答えた。そしてビクトールが叱責される。旧解放軍メンバーのサンチェスとハンフリーにもその矛先は向いた。