綺麗さっぱり塵も残さずモンスターを焼き払ったは、少し荒くなった息を整えながら戻ってきた。その顔は、「あちゃーやっちゃった」と後悔の表情をしていた。
「お前、その癖まだ直ってなかったんだな」
「五月蝿い熊。性格なんてそうそう直るわけないじゃない」
「いやーしっかし、まーた魔法の腕上げたか? 地面は焦がさずモンスターだけ綺麗に燃やして」
感心したようにビクトールが言った。はキッとビクトールを睨む。鬼のような彼女の形相にビクトールは一瞬声が出なかった。怯える熊…とビクトールを見て全員がそう思った事は本人には秘密だ。はフンと鼻を鳴らした。
「熊は放っておいて、行きましょうか」
にこりと微笑むに、誰もが反論出来なかった。あおのルックでさえ、黙ってについて行っている。
それは幼い頃に叩き込まれた性なのだろうか、とティルは思ったのた。あのルックが文句も言わずに従うのは、ああなった彼女は手をつけられないからなのか。
案外、あれがという人なのかもしれない。
「で、では…ティルさま、僕達も行きましょう…。に置いて行かれます」
「既にさん、もう見えない所まで行っちゃってるんだけど…」
「それなら心配はないと思われます。一応、この辺りがの故郷ですから」
キルキスの先導のもと、残されたティル、グレミオ、ビクトールはたちを追いかけた。
ティルたちが馬を走らせている間、とルックは既にエルフの村に到着していた。
「(此処がの故郷だって?よく言うよ)
、もうすぐ他の奴らも到着するみたいだよ」
「えぇ、そうみたいね」
「それにしても、君が此処まで短期だとは思わなかったな」
「仕方ないじゃない。あれが本来のわたしなのよ。流石にこの年にもなると、そんな直ぐカッカッするもんじゃないでしょ? だから気を長くしようとしてるんだけど…」
「それは無理だと思うよ」
「即答? これでも長くなったようなんだけど。ま、仕方ないか」
苦笑するにルックは溜め息を吐く。ルックがどうだか、と呟いた。
向こうを見渡せば、小さな影が見える。ティルたちがもうそこまで来ていた。
此処まで来れば、と腹を括ったは近くの手ごろな木に馬を繋いだ。ルックもに手綱を渡す。
木陰の中で、馬はヒヒンと小さく鳴いた。
「(もう二度と、此処に来るとは思わなかったのに…)」
は心の中で小さく呟いた。
エルフたちの村は、大木の上にある。キルキスがエルフたちにしか分からない合図を送り、村の中に入る。
村の中は、昔と変わっていなかった。
キルキスが先頭に立ち、一行を案内する。通りを歩くエルフたちが何事か、と見ていた。
その中にはの見知った顔もある。お互いに眉を顰(ひそ)めた。
「キルキスくん、彼等は…」
「グレミオさん仕方ないよ。彼等から見れば、わたしたちは異分子…イレギュラーな存在なのよ。 しかも基本的に、この村はエルフ以外入ることが出来ない」
「そんな所に、我々が入ってもいいんでしょうか…?」
グレミオが心配そうに言う。しかしは「大丈夫、だいじょーぶ」と呑気な声で対応していた。
そう、いざとなったら紋章ぶっ放してでも逃げればいい。と。
がそのような事を考えているとは露ほども知らないグレミオは、やはりビビッていた。
この場にはの月華だけではなく、ルックの風やティルのソウルイーターがある。経験からして、ティルの紋章は使えないと考えてもとルック程の魔法使いが居れば平気だろう。
エルフたちの通常の攻撃は弓矢が主流だ。よほどの腕が無い限り、他の武器は取らない。だからこそ、ルックの風の紋章は有効だった。
勿論、真の五行の紋章とも言われているの紋章もある。
「だから、大丈夫だってさんだって言ってるじゃないか。いざとなったら、ルックの転移魔法で逃げればいいんだしさ」
「だからってなんで僕の転移魔法になるわけ」
「ルック、まさか転移魔法が使えないとか言うんじゃないよね?」
「今直ぐ城に戻されたいわけ? 僕が転移魔法使えないなんて、ありえないね」
「……………その自信が何処から来るんだろうね。ま、本当の事だけれど」
「それに、転移魔法ならも使える。の方が年季入ってるから僕より幾らかマシだと思うけど?」
「…ルック! お前熱でもあるじゃないのか!?」
「ティル、僕は熱なんか出てないよ」
グレミオの緊張を和らげる為に声をかけたのに、何時の間にかルックも入りただの口喧嘩になっていた。
こんな時に何やってんだか、とは小さく溜め息を吐いたのを当事者の2人は知る由も無い。
キルキスが立ち止まった。相変わらず、そこは長老の家なのだろう。懐かしさに浸る、なんてありえない事なのだがは昔を思い出していた。
それはあまり思い出したくない記憶が多々あるのだが。
「ティルさま、此処が長老の家です。僕とティルさまとの三人で入ってきますので、後の皆さんはどうか此処で待機をお願いします」
「別に面倒だから此処で待機はいいんだけど、何処か座る場所、無いの?」
「あ、それでは先に宿に行かれます?」
「僕はそうさせて貰うよ。疲れたし」
ルックの姿が、本当に疲労しているのだと身体で表現されていた。本来ルックは魔法使い。体力には些かの自信が無い。
それを承知でティルもルックを連れ出したので、文句は言わずに人数分の部屋を取るように言っていた。
家の前にて待機をするのが、ビクトールとグレミオ。宿で休憩を取るのがルック。
キルキスと長老を説得するのが、ティルとになった。
「ティルさま、、行きましょう」
「坊ちゃん、くれぐれも軽率な行動は慎みますようお願い致しますね」
「分かってるよグレミオ。僕だってもう子供じゃないんだから」
「まぁ適当にがんばれや、お二人さん」
「熊はそこでいびきかいて寝ないようにしてね。あと、暇だからって飲酒は厳禁。したら雷が落ちると思いなさい?」
交渉組みは、家の中へ入って行った。後は彼等が終わるのを待つのみとなったビクトールは早速暇を持て余す。
グレミオときたら、未だハラハラドキドキが抜けていないらしい。「あぁ、坊ちゃんがヘマをやらかしたら…」や「いえいえ坊ちゃんがそのような事になるわけがありません…」とブツブツ言っているのをビクトールは右から左へ聞き逃していた。
懐かしい、エルフの家屋に入ったは、中の住人を見て顔を歪めた。やはり十年そこらではくたばらないらしい、と。
月日がたっても衰えることの無いその眼光は変わらず、たちを鋭く睨みつける。
「何事かと思えばキルキスでは無いか。村の掟を破り外へと出て行った…そのような事をしておいてよく戻ってこれたものじゃ」
「僕は、解放軍に助力を求めに行っていました。解放軍は我々を助けてくれる為に、わざわざ此処まで来て頂きました。
彼が、解放軍の軍主、ティルさまです」
「それと、村を出て行ったか…一体何しに来たのじゃ」
「彼等は我々エルフを助けるために来て頂いたのです」
「我等エルフが人間ごときに敗れるとは思えんな。愚かな人間どもを村に連れ込んで、お前は何をする気なんじゃ」
「―――――お話中失礼致します。私の名はティル・マクドール。解放軍の軍主を勤めさせて頂いております。
近頃、エルフの弾圧が激しくなったと、聞いております。そして彼が解放軍に助力を求めて来て頂きました。我々解放軍はエルフだから、と無意味な差別は致しません。
どうかクワンダ・ロスマンを倒す為に、そちらからも幾らかの力をお貸し願えないでしょうか?」
「愚かな人間に貸す力は無い。
―――それくらい忘れたわけではなかろうな、」
エルフの長老はジロリ、とを睨むように言った。はそれに何の反応も示さない。
心此処に在らず、では無いのだが思考が此方にないのだろう。それとも意図的に無視しているのか。
キルキスとティルは内心冷や冷やさせながらを見る。
流石のも彼等に見詰められて気付いたのだろう。視線を向けた。
「わたしには関係の無い事…わたしはエルフであってエルフでは無いもの。あぁそれと、アンタの耳には入ってたんだ?」
「フン、小童が減らず口を叩きよって」
「その小童だからこそ、その身体に染み付いたくだらない概念を捨てる事が出来るんだ。それに、わたしは知ってるよ。アンタがわたしに嘘をついたこと。まぁ今となってはもうどうでもいい事なんだけどね」
「……儂が、お前に何を言った」
「そりゃ在ること無い事云々と。例えば、わたしには魔法の才能が無い、とかさ。わたしの両親は事故で死んだ、とか、さ?」
挑戦的な態度を取り続けるに長老は背中を向けた。そして傍らに立つ配下に何かを喋る。
多分、自分たちを牢にでも放り込んでおけ、とでも言っているんだろう。
その時、階段をトタトタ駆け下りてくる音が聞こえた。
見えたのは、より幾分が濃い色の長髪の一つに纏め、額には紐状の装飾品をつけたエルフの美少女がキルキスに飛び込んでいた。「キルキスキルキスキルキスキルキス」とキルキスの名前を連呼しながら抱きつく少女は見た目よりも若く見える。キルキスの首に回された少女の腕がキルキスの首を絞める。
「シルビナ、キルキスが苦しがってる。いい加減離したげたら?」
「え…? 姉さんっ!?」
「覚えていてくれたんだ?」
「姉さん! え? …えぇ? なんで姉さんが村に帰ってるの?」
「今日のわたしは解放軍として此処に着たのよ。帰ったわけじゃないわ」
元から大きかった瞳を更に大きくして、シルビナはを見た。彼女の祖父である長老からは村を出て行ったとでも聞いていたのだろうか。
キルキスから離れたシルビナはに飛びついた。その勢いでバランスを崩しそうになったが、足に力を入れて耐えた。
笑顔のシルビナが目の前に居た。
「それでもお帰りなさい姉さん! シルビナ、姉さんが居なくなってからほんと寂しかったんだよぉー!」
「シルビナ、から離れなさい」
「なんで! 嫌だよ! シルビナは姉さんと話がしたいのっ」
「シルビナ!!!」
長老の鋭い渇が飛ぶ。シルビナの肩が激しく震えた。
はシルビナの肩を持って、優しく離した。何故、とシルビナの目が言う。はただ無言で小さく首を振った。
本来あってはならない、人間とエルフの子供が。それは異端の存在。長老はからシルビナを隠すように前に立った。そして言い放つ。牢屋にて丁重にもてなせ、と―――――。