月を飲みこみ夜を喰らう

『願わくば、平穏なぬるま湯に、ずっと浸かって居られたら。』
 それの願いは叶わなかった。寮に戻った直後に鳴った電話は、を戦場へと導いた。

 漆黒の軍服に身を纏ったは、白衣の男の隣に立つ。男は「よく来たねぇちゃ〜ん」と彼女の頭を撫でた。へらへらと笑う男に、は形の良い整った眉毛を盛大にしかめて返事をする。

「気の抜けた物言いは止めてください。それで、わたしを呼んだと言う事は、あの子の初陣が近いってことなんですよね?」
「そうそう! やっとボクのランスロットのパーツが見付かったんだよぉ〜!」

 ニコニコと男――ロイド・アスプルンド――は言った。

「そうですか。じゃあ今日は、わたし、管制をすればいいんですか?」
「それは平気です。私がやりますよ」
「セシルさんが? じゃあ、わたしって…なんですか? この子の初陣を見に来ただけって言うことですか?」

 ふざけんじゃないですよ、と視線をロイドに送りながらは「チッ」と舌打ちをした。学生と軍人、ばれないように極限まで気を使う二重生活はとても疲れるのだ。しかも、簡単なことでは無い。ふらふらと倒れそうになりながらも、近くの椅子に腰を下ろしたの耳に、シャッとドアが開いた音が入った。「すみません、お待たせしました」と聞こえた声は、まだ少年だ。もしかしたら、と同年代かもしれない。

「あ〜 待ってたよぉ〜ちゃん、彼がボクのランスロットのディバイサーね〜」
「―――初めまして、特派整備士の・T・と申します。取り敢えず、此処で整備やら開発やら、色々とやらせて頂いています」
「あ、初めまして、自分は枢木 スザクと言います。階級は、一等兵です」

 彼ったらね〜凄いんだよぉ〜と楽しそうに言うロイドを無視して、は右手を差し出した。「よろしく、枢木一等兵」と、微かに口唇を曲げ言う。スザクは「あっ、あぁ、よろしく」と手を出した。

「日本人のようだったから、握手の方がいいとわたしは思ったのだけど、手の甲に口づけの方がよかった?」
「えっ? あ、いや…!」
「冗談よ。さて、挨拶もしたことだし、セシルさん、ランスロットはどうですか?」

 一瞬にして柔らかな表情を消したは、セシルを見る。キーボードの前で立ち、何かを打っていた彼女は顔を上げて「えぇ、何時でも発進可能よ」と言った。
 そして、スザクはランスロットに搭乗する。はそれを書類片手に見ていた。

「適合率…わたしよりも高い、ですね」

 ロイドさんが彼をべた褒めする理由が分かりました、と言いながら硝子の向こうの彼を見やった。脱出機能の無い、ナイトメアフレームに若干の不安を感じながら、無事に戻ってくるようと心の中で祈った。

ちゃん、」
「ロイドさん…えぇ、分かっています。あの子も、近日中に完成させます」
「それで、テストパイロットは」
「わたしです」

「「えぇ!!!!!」」

「なんですか、ロイドさんだけなら兎も角、セシルさんまで。
 と言うか、お二人とも忘れていませんか? わたしは開発から整備まで出来る、優秀なパイロットですよ? それに、あの子はわたし専用機のつもりで開発を進めていました。とうにご存知だと思っていたのですが?」
「だってボク、てっきりちゃんの冗談だと思ってたんだもん」
「私もです。まさか、ちゃんがアレに乗るなんて…」
「乗ると言ったらわたしは乗りますよ。何にも無いまっさらな状態からわたしの手で造ってきたんです。性能も、わたしが扱いやすいように、と考えたりしながら作ってきましたから」

 あと一、二ヶ月でテストが出来る予定ですから、と不敵な笑みを浮かべては笑った。

「だって、ロイドさんのランスロットにだけいい思い、させたくないんですもん」

 その一言で二人は思い出した。・T・と言う少女は、負けず嫌いだったのだ、と。(それも事の発端は、KNFを開発したのは軍からの命令でやっていたのに、いつの間にか愛着が湧きロイドの開発したランスロットの方が性能がよいため対抗したくなったのだ)
 誰も座っていない椅子に座り、データを取る準備を始める彼女に、ロイドは困ったような笑みを浮かべた。

「でも、アレですよね。我が子…っていうのは少し語弊がありますけれど…嬉しいですね。わたし、ランスロットの制作がはじめてなので、とても嬉しいです」
「ふふふ〜そうデショそうデショ〜だからボクも止めらんないんだよねぇ〜」
「あ、それ分かります。
 ……………わたしも、早くあの子に名前付けてあげないと…」

 ロイドとが会話をしている中も、スザクの出撃準備は進んでいく。今回の管制担当、セシル・クルーミーは、彼らの会話をくすくすと笑いながら聞いていた。

「それじゃあ、スザクくん。準備はいいかしら?」
『はい、大丈夫です。何時でも出撃できます』

「だ、そうですよ。お二人とも」
「あ、セシルさん、すみません、任せっきりにしちゃって…」
「準備できたぁ〜それじゃあ、ランスロット、はっし〜んっ!」

 崩れ落ちたこの場所に、白き騎士が降り立った。