目覚めぬ悪夢に住まうもの

 寮に行くと、年配の寮母は優しく微笑みを迎え入れた。彼女は、ちょうど自分達の両親と同じ年代だろうか。もしかしたらの両親と同じ年齢かもしれない。寮母は「初めまして、さん。お待ちしていましたよ」と口を開いた。

「こちらこそ、初めまして。・T・と申します。これから、よろしくお願い致します」
「では、早速ですがお部屋に案内しますね」
「ありがとうございます」

 寮母の後ろを歩いて、階段を上がる。学校の敷地内にある、クラブハウスと似たような造りの館のような寮だ。だが、三階建てだ。どうやらアッシュフォード学園は学校の周囲に幾つかの寮を持っており、が当たった寮がたまたま、クラブハウスに似ているだけなのだ。最上階――三階――の突き当たりの部屋まで来ると、寮母はポケットの中からカギを取り出した。手馴れた手つきでそれを鍵穴に差し込む。ピー………カチャ、と電子音がしたと思ったら、勝手にドアが開いた。

「こちらが、さんの部屋になります。荷物はこちらに纏めて置いておりますから」
「すみません、ありがとうございます」
「いえ、本日から登校されたという事なのですが…どうでした、学校は?」

 何処か含みのある言い方に、は内心溜め息を大きく吐く。何故、そんな媚びるような態度を取るのだろうか。ただの小娘に。

「別に、普通だったんじゃないんですか」
「そうですか」
「―――――すみませんが、今日は疲れたのでゆっくりしたいと思うのですが…」
「それは! ごめんなさいね、気付かなくて。では、私は失礼いたしますね。あぁ、そうそう。食堂は七時から利用出来るので、八時前は込むのでお早めに」
「わかりました」

 それでは、と言い残し寮母は出て行った。は足音が完全に無くなるまで耳を澄ませ、途絶えたと思った瞬間ドアの施錠をした。「あのババア」と口の中で悪態をつく。

「(完全にわたしの本職を知ってるようだった! でもどうして? わたしがこっちに来る際書類は全て改ざんしたと言うのに! 誰かがバラしたの? いいや、それは考えられない。わたしが学生をやるのは一部の人間しか知らない…じゃあ…一体……?)」

 ガリガリと親指の爪を噛む。その瞳は、見抜けなかった悔しさで満ちている。
 ふと、は思い出したかのように、段ボール箱の中からモノを取り出す。本国から持ち込んだノートパソコンだ。漆黒のダークブラックに塗装された表面が、光っている。
 慣れた手つきでパソコンのOSを立ち上げ、自身が仕掛けたトリックを解いていく。これは、彼女が作ったセキュリティだ。最後だと思われるイエスとノーの質問には答えずに、最後のパスワードを入力する。幾重にも施された鍵が取れ、コマンドプロンプトが立ち上がった。軽くキーボードを動かすと、次はGUIの画面に切り替わる。ネットに接続できている事を確認して、片隅にある、小さなアイコンをクリックした。

『どうかしたのか〜い? ちゃ〜ん』
「その間延びした言い方は止めてくださいと何時も言っていると思うのですが」
『嫌だなぁ〜、久しぶりに君の声を聞いたと思ったらぁ』
「じゃあ、わたしの言いたい事、分かっていますよね? あと、貴方とわたしは朝電話で話をしましたが」

『そんな事言わないで。それで、君から通信をして来るなんて滅多にないんじゃないの?』
「ちょっと調べて欲しいことが出来て、お願いできますか?」
『そうなの? ちょっと待っててくれる? 調べ物は僕より彼女の方が詳しいから』

 これから小一時間、話をし通信を切った。それからはネットを経由したサーバに侵入し、自分が行った通信の記録を残さないようにデータを弄った。もちろん、復元が出来ないように何重もトラップを仕掛けて。

「さて、片づけをしますか」

 あぁめんどくさい。部屋の中にの呟きが響いた。