もしもし、と言えば『もしもし』と返ってきた。可愛らしいソプラノの声で。
は「ごめんなさい、少し席を外すわ」と言って、教室を出て行く。後ろでシャーリーがもう少しでチャイム鳴るから、と言っているのが聞こえた。はそれに、顔だけで振り返り頷くことで返した。
何処か話が出来る所は、と思いながら廊下を歩いていると、丁度校舎から隠れる事の出来る場所を見つけた。素早くその場所へ行くと、受話器の向こうで今か今かと待ち構えているソプラノの声に「ごめんね」と言った。その声の持ち主は『別に気にしてませんわ』と答えた。
『寧ろ謝るのはわたくしのほうですわ』
「わたしは別に気にしてないけど。それで、うだうだ言ってても仕方ないから本題に入ろうか?」
『えぇ、そうですね』
「君が何の用事も無く電話なんかする子じゃないからね」
『あら。わたくしは用事が無い時もには電話してるじゃない』
「それは、それ。これは、これ。君は公私の区別を付けているからね」
『まぁ! にそう言って貰えるなんて!』
「そりゃあ、伊達に君と過ごしているわけじゃないから」
『ふふふっ…そうですわね。って…話が流れる所でした。実は以前から頼まれていた例のアレなんですけど―――――』
申し訳なさそうに喋るソプラノの、声。
「そっか。うん、それはわたし達も予想はしていたことだから。うん、そう。今までのデータから見てもね……ううん、君がしょげたってわたしは嬉しくないよ」
『または…そんな事言って…』
「だって、可愛い子の涙は、電話越しでさえ堪えるんだ。それにね、君は泣き顔よりも笑顔がいちばん可愛い。君は何時も笑顔で居て欲しいんだ」
ったら…と苦笑するソプラノの声にはふっと口唇を上げて「そうそう、その声」と言う。くすくすと聞こえるその声の持ち主の表情を思い浮かべながら。
電話は、それから他愛も無い話へと進んでいった。ソプラノの声にとっては、話でしか知らないエリア11の事。の初めて来たこの国の感想。学校の事。ひとしきり話した後で、ソプラノの声はふぅ、と溜め息を吐く。『わたくしも、自分の目で見てみたいですわ』と言うソプラノの声。
「そんなしょ気なくてもいいとわたしは思うけど。正直、此処はまだ安全じゃない。君が来るにはまだ早いと思うよ」
『でも、はもう居るじゃないですか』
「わたしがエリア11に来た理由、君なら知っていると思っているんだけど?」
『えぇ、勿論。承知しておりますわ。でも……………』
「此処で我が儘を言ったら駄目よ? お兄さんを困らせる事になるんだから」
『……が、そう言うのなら』
「うん、いい子だ」
八の字眉毛になっているソプラノの声の持ち主の表情が、には簡単に想像出来た。コロコロと転がる声色に、はふっと口元を緩ませる。相変わらずな様子だ、と。
『ねぇ、』
「どうしたの?」
『でも………やっぱり…わたくし、近いうちに其方に参りますわ』
決意を新たに込めた、そんな雰囲気がそのソプラノの声からした。
『、ありがとうございました。ユヅキとの話で、今まで心にあった迷いが消えました』
「それは何より…と言いたいけれど、これだけは約束して欲しい」
『なんですの?』
「優しさと笑顔を、忘れないでほしい。個人的には危ない真似はしてほしくないのだけど…君のことだから、聞いてはくれないだろう? だからね、君が持っているその優しさと笑顔を、これから訪れるだろう困難と苦難に負けないで。君は一人じゃない。わたしが居る。君のお姉さんだって居る。
分かって、いるね?」
電話口から『分かったわ』と返事が返って来ると、それじゃあと言って通話終了のボタンを押した。
「(やっぱり彼女は彼女だ)」
あの人に連絡して何時でも捕まえれるようにしておかないと…それと、転校早々遅刻して入る教室を憂鬱だ、と思いながらこの場所を跡にした。